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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第1章✡
6/88

①雲立涌の丘〈5〉

 獣たちを退け、ノギとユラは先を急ぐ。

 不覚を取って獣の爪に裂かれたコートから、冷気が進入してくる。ノギは身震いしながらその穴を手で塞ぐのだった。傷は浅く、軽く血が滲んでいる程度なので、ただ寒い。それだけだ。


 途中、食事を摂ることにしたが、やはりじっとしていると寒い。立ち止まらずに、歩きながらパンをかじるのだった。食べやすいパンにしておいてよかったとしみじみ思う。


 一見、子供の体であるユラだが、食欲は衰えていなかった。四人分買い求めたうちの三人分はユラの胃の中に消えた。目を疑うような光景ではあるが、ユラの過剰な食欲は、魔術師にとっての触媒の役割なのではないかとノギは考えている。


 事実は定かではないが、ユラの力は触媒のようなエネルギーを消費しないのだ。それならば何で補うのかというと、食事ということだ。

 ノギにしても、動けば腹が空く。それと同じことなのではないかと。

 だからこそ、ユラには質のいい食事を取ってほしいのだ。



 そうして歩き続けると、丘の頂上が見えた。そこまで高所とは言えないと思うが、この丘は雲が低く下りているように感じられた。触れることはできないけれど、手が届きそうに思える。

 寒い季節の青い空と、くっきりとした白い雲。綺麗ではある。けれど、ノギはどうでもよかった。

 大事なのは、あくまで依頼品の獲得である。


「あ! あれじゃないか? 優曇華うどんげってやつ」


 一本の樹が、自分だけは特別だと語りかけるようにしてその場に存在した。丸く大きな扇に似た葉は、金粉でも撒いたみたいにキラキラと輝いている。


「うん。この樹から強いルクスを感じる。間違いないと思うわ」


 ユラもそう言った。それならば間違いない。

 二人は樹の下に向かい、そこから優曇華の樹を見上げる。


「露は……?」


 ノギは鷹のように鋭い目で葉と葉の間を入念にチェックする。ユラは、目で見るよりも感じようとするか、まぶたを閉じた。


「見当たらない? ……ここまで来て無駄足なんてことになったら、この大木蹴倒して、うちの薪にしてやる」


 せめて花でも咲いていれば、まだ触媒としての価値もあるのだが。ノギがそんなことを考えていると、ユラがハッとまぶたを開いた。


「あそこ! 左上の、ずっと上の方にある!」


 ユラが頬を紅潮させて指差す。けれど、その先は大きな葉に覆われて、ノギには見えなかった。


「ユラ、ちょっと力を貸して。それから、少し離れてて」

「あ、うん」


 ユラの力を借りれば、ノギは軽々と樹に登ることができる。

 ただし、ノギはユラの力を借りて足に光を宿すと、樹の上まで跳び上がるのではなく、唐突に優曇華の樹を蹴りつけた。


 大木が折れるほどの力ではない。加減はしたようなのだが、樹はその振動に大きく揺れ、たくさんの雫と雪の欠片と鳥の巣が落ちてきた。それから、宝石のように光り輝く、結晶化した優曇華の露も。

 ただ、自然に優しくない。


「こら!!」


 ユラが両手を振り上げて怒ると、ノギは拾い上げた露の結晶を掲げて笑った。

 それは無邪気な笑顔で、ユラは結局、それ以上怒ることができなくなるのだった。


             ☆  ★  ☆


 そうして、目的を達した二人は雲立涌の丘を地道に歩いて抜ける。


「これ、いくらで売れるかなぁ?」


 透き通った、丸くはあるものの多角形をした優曇華の露を、ノギは陽に透かす。キラキラと、光がノギの顔に降り注いだ。そんな光景を眺めつつ、ユラは冷静につぶやく。


「う~ん、三十五万インってところじゃないかしら?」

「三十五万、か」


 と、ノギは嘆息する。

 売値がそれならば、決して安いわけではない。ほどほどに高価。

 けれど、大金を必要とするノギたちにとっては、微々たるものである。あまりの地道さに、時々悲しくなる。


「……まだまだ、だな」


 そうぼやくと、ユラもそっと苦笑した。


「そう、ね」



 丘を抜けた後、行きと同様にそこから翼石ウイングラピスを使用した。港町ウィスタリアの翼石ウイングラピス使用ポートまでたどり着く。けれど、ユラの体は依然として幼いままであった。

 いつまで影響を受け続けるのか、ノギにはわからない。


 そのうち戻るだろうと信じながら、彼らはまた船に乗る。同じ道、同じ船では、帰りはどうしても行きほどの感動がない。氷獣がわんさかいたけれど、ユラは何も言わなかった。実際、疲れていたのかもしれない。


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