⑨矢絣の滝〈2〉
矢絣の滝へは、まず帝都ヘリオトロープのそばまで翼石で飛び、それから歩くこととなった。龍の影響か、地場のせいか、翼石では滝まで到底近づけない。
帝都に住むのは、魔術師とその生活を支える商人や使用人たち。華やかだけれど、ノギはここが嫌いだった。好んで立ち寄ろうとしたこともない。
今回も、せっかく来たのだからと足を向けようとしたイルマを置いていきかねない勢いだった。
ハトリはこのヘリオトロープにあるシャトルーズ学院に通っている。知り合いに会いたくない気持ちもあったのか、どこかへ立ち寄りたいとは言わなかった。
さっさとヘリオトロープから離れるノギたちに、うだうだと文句を言うイルマと無言のタミヤが続く。
帝都の外でも周囲は舗装された道ばかりで歩きやすい。今は朝なので明るいのだが、灯火台もたくさん備えてある。
少し離れた位置からノギが王都を振り返ると、城が見えた。
塔のように細く、天まで届いているのではないかと思わせるほどに高く聳えている一角がある。
あの高みから皇帝キリュウが下々を見下ろして嗤っているかと思うと、ノギは無性に腹が立った。実際のところ、キリュウに言わせればそんなに暇ではないと言われそうだが。
無自覚のうちに足が速まり、先へ先へと進んでしまう。
あまり機嫌がいいとも言えないノギに、それでもイルマが追いついてきた。やれやれとばかりに軽口を利く。
「女子のお喋りに混ぜてほしいんだけど、入れてくれないんだよなぁ」
女子たち、つまりユラとハトリに加え、タミヤまでもが仲良く並んで歩いている。いつの間に打ち解けたものか知らないが、極端に口数の少ないタミヤに二人が話しかけ、タミヤがそれになんとかして答えている。
喋るのは苦手なのだろう、かなり必死の様子だが、それでも会話は成立しているようだ。
「お前なんぞお呼びじゃないんだろ」
ハッと鼻で笑うと、イルマは不愉快そうに目を細めてノギを見た。かと思うと、薄気味悪いほどの笑顔を向けてくる。
「なあ、ハトリって優秀な魔術師だよな。あん時はタミヤも歯が立たなかったし」
「ガサツなだけあって、それしか取り柄がないからな」
当の本人が聞いたら青筋を立てて怒りそうなセリフである。けれど、イルマがハトリを褒めるから、ノギが貶してしまう。これは仕方のないことだ。ノギはそうしないといられないのだ。
そんなノギのことを見透かしたようにイルマは言う。
「可愛いし、スタイルもいい。お前には勿体ないよな」
「は?」
「お前にはユラがいるんだから、独り占めすんなよな。今度はオレの仕事を手伝ってもらおう」
イルマの悪い癖が始まった。顔をこれ以上ないほどにしかめたノギに、イルマはまるでノギの弱みを見つけでもしたかのように上機嫌になる。
「おいおい、今から共闘しようかって相手に殺意向けんなよ」
「向けてない。虫ケラを見る目つきはしたけどな」
「お前なぁ……」
一触即発とまでは言わないが、極めて喧嘩っ早い二人である。
そんな中でも女子たちのキャッキャと浮かれた声だけが聞こえる。
「タミヤは捨ててくのか? 俺は拾わないからな」
まったく、こんなやつの相棒なんてタミヤは物好きだとノギは思う。さっさとやめて他の相棒を探すなり職種を変えるなりすればいいのに。
すると、イルマは先ほどまでのゆとりはどこへやら。ノギとそう変わりないほどに嫌な顔をした。
「誰が捨ててくなんつったよ。龍のエサにすんぞこのクソガキ」
普段はちっとも労わらないくせに、どうでもいい存在ではないと。それがイルマのタミヤに対する本音だとでもいうのか。
馬鹿だなこいつ、とノギは自分のことをすっかり棚上げにして思った。
そう言われてみれば、昔、仕事でかち合ってイルマをボコボコにした際、タミヤがノギとイルマの間に入ってイルマを庇ったことがあった。邪魔だと跳ね飛ばしたら、タミヤは小さいからよく飛んだ。あの後からイルマが何かと敵愾心を向けてくるようになったような気もする。
「じゃあタミヤがいりゃいいだろボケ」
ノギが吐き捨ててみると、イルマは顔を歪めたまま嘆息した。
「お前、ユラと彼女、どっちが大事なんだよ?」
「は? ユラに決まってんだろ」
そんなこと、すぐに答えられる。躊躇いなく答えた。
けれど――。
「あんな庇い方して、それでどうでもいいなんて言うなよな」
イルマにそんなことを言われる筋合いはない。
うるさい、とノギはそれ以上何も言わずに歩いた。




