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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第9章✡

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⑨矢絣の滝〈1〉




 秋も半ば。柴染ふしぞめの月の朔日。


 魔術帝国ライシンの帝都ヘリオトロープの北に、それはそれは美しい滝があった。激しい水音さえも耳に心地よく、澄みきった水の飛沫が煌く。そこは七宝の森の深部と同じように、一般人の立ち入りを規制された場所であった。

 その美しい自然が荒らされることを危惧したためではない。無闇に立ち入れば、神にも等しい龍の怒りに触れる。侵入者が命を落とさないための処置と言えるだろう。


 龍は永い時を生き、その体のすべてが魔術のもとになるという。

 ただし、その爪は鋭く、息のひとつで竜巻さえも起こす。近寄るには危険な存在だった。


 できることならば近寄りたくない。

 けれど、魔術のもと、触媒を採取する仕事に就く少年ノギは、その龍の逆鱗げきりんを手に入れるため、『矢絣やがすりの滝』まで向かわなければならないのであった。

 ノギの相棒、不思議な力を持つ太古の民(ルーディニフリウス)のユラと、高位魔術師ホノレスのハトリが同行するのはいつものこと。


 今回はそれに加え、あと二人が同道する。

 ノギと同職である触媒屋のイルマと、その相棒のタミヤである。実力のある二人なのだが、ノギにとイルマの相性は悪い。

 イルマと来たら、金髪に赤と青のメッシュ。いかにもチャラい青年だ。その相棒だというのに、タミヤは根暗な魔術師の少女。

 足の引っ張り合いになるのではないか、と正直に言って皆が思っている。


「――いい? ちゃんと協力し合って水龍の逆鱗を持ち帰るのよ?」


 自身の店の前で、触媒仲買人(ブローカー)のセオは言った。妖艶な美人、である。

 セオはイルマの――きょうだい。


 集合した面々を前に、ノギとイルマは顔を背けた。息が合うのか合わないのか、お互いにケッと吐き捨てている。セオはこめかみに青筋を立てると、二人の頭を鷲づかんで衝突させた。結構な馬鹿力だった。とっさのことに油断していた二人は、目の前に火花が散った。


「わ・か・っ・た?」

「……」

「……」


 それでも、二人は毛を逆立てた猫のようだった。セオが呆れていると、店の前に二人の粗野な男がやってきた。一人は剣を帯び、一人は槍を携えている。彼らもまた、触媒屋なのだろう。


「セオ――なんだ、このガキどもは?」


 ガキと言われ、ノギとイルマはカチンと来ていた。


「アンタたちと同じ、触媒屋よ」


 見栄えのしない粗野な男たちに、セオは冷ややかである。けれど、彼らはそれに気づかない。耳障りな大声で笑った。


「触媒屋! このお嬢ちゃんたちが?」


 明らかな侮蔑の言葉と視線にノギは拳を握り締めたが、それをすぐに解いた。相手のレベルに合わせて会話をしてやる義理はない。そう、怒ったら同類だ。


「ハッ。生憎、俺はお前らの相手なんてしてられるほど暇じゃない」


 ノギのセリフに、男はさらに笑った。


「そうかそうか。道端の草でも摘んで稼がないとな。たくさん採らないと、メシ食えないぞ?」


 男は自分で言って爆笑した。連れも同様だ。

 イルマもスッと目を細める。


「面倒くせぇ」

「あぁ?」

「面倒くせぇゲス野郎だなと思って」


 イルマのひと言に、男たちの顔色が変わる。セオがそこに割って入った。


「あのね、この子たちはこれから水龍の逆鱗を取りに行くの。絡まないで頂戴」

「水龍!? こんなガキどもにむちゃくちゃな! できるわけねぇだろ!」

「できるわよ。ね? 二人とも?」


 そう、セオが振り返って問う。ノギとイルマは異口同音に叫んだ。


「当ったり前だろ!」


 認めたくはないが、要するに似た者同士なのだ。根っこは同じ。だから気が合わない。わかりやすい二人だった。

 


 そうして、男たちはセオに追い払われてしまった。そんな光景を、三人の少女は遠巻きに眺めている。


「先が思い遣られるね?」

「大丈夫なの?」


 ささやき合うユラとハトリのそばで、タミヤは嘆息した。

 そんな女子たちに、セオは歩み寄る。タミヤは少し身構えたが、セオは二人の魔術師に向かってそれぞれに『あるもの』を差し出した。

 それは、触媒である。


「ハトリには『虹珊瑚』、タミヤには『影縫い針』」


 ハトリは目を瞬かせてセオを見上げた。セオは苦笑する。


「だって、皇帝陛下のご依頼よ? それにしたって、水龍だもの。万全に準備は整えておかなくっちゃ」


 多少の価値がある触媒を使ったとしても、成功させなければならない依頼だ。そう考えると不思議でもなかった。


「ありがとう、セオ」


 礼を言って受け取るハトリと、無言で頭を下げるタミヤ。

 よかったね、と隣で和んでいるユラにもセオは下げていた袋を手渡す。ユラは魔術師ではない。皆が不審に思って眺めていると、その袋を開いたユラが歓喜の声をあげた。


「お菓子!」

「それ食べて頑張って?」

「うん!」


 ユラも俄然やる気が出たようだ。

 抜かりのない手腕である。

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