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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第8章✡

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⑧唐草の沼〈6〉

 ハトリの瘴気酔いは、沼を出て小一時間もすれば治った。

 なんとなく頭が痛いらしいが、沼での出来事をほとんど覚えていないという。

 ノギはほっとしたような腹が立つような、複雑な心境だった。


 あの洞穴の中に二人がいた間に、どういうわけかユラが悪魔の尻尾を手にして戻ってきた。ユラが近くにいないとノギも力を借りることはできないから、そう遠くに行ったわけでもないようだが。


「三本あるから、一本はハトリちゃんにあげるね」


 ユラは自宅のハトリの部屋で、おどろおどろしい植物を手に麗しく微笑んでいる。


「やった。ありがと」


 対するハトリも、ためらいもせずにそれを受け取る。多少グロテスクだろうと、魔術師のハトリにとっては力の源である。自分の腕ほどの長さのある茎をくるくるっと丸めてポシェットにしまった。あのポシェットは外見の十倍程度の容量を誇る魔術アイテムなのだ。


「セオのところに納品に行かなきゃね」


 普段なら先に納品してから家に戻るのだが、ハトリの状態が状態だったので、先に帰宅していた。

 二度手間だが、今からバーガンディの町まで向かわなければならない。


             ☆  ★  ☆  


 ノギたちがセオの店を訪れると、先客がいた。その男女二人組を見た瞬間にノギの顔は大きく歪んだ。

 金髪に赤と青のメッシュが左右にひと房ずつ。派手なあの頭は見間違いようがない。


「うげ」


 相手も同様である。嫌な顔をされた。


 イルマとタミヤ。彼らは同業者である。

 前回の依頼でかち合い、結果として触媒を奪い合う戦いを繰り広げた。もともとノギとイルマの相性も悪いのだが、今は前回のこともあり、より険悪な関係である。


 触媒屋であるイルマたちと、この触媒仲買人(ブローカー)セオの店で遭遇したとしても、普通に考えればおかしなことではない。ただ、イルマはセオとも仲が悪いのである。だから、ここではなく他の仲買人ブローカーのところに行くことが多い。


「珍しいね。どうしたの?」


 と、ユラが普通に訊ねる。すると、セオが苦笑した。


「依頼よ。そうでもなきゃ、こんな馬鹿呼び出さないわ」


 手厳しいひと言に、イルマがイラッとする。


「オレが馬鹿なら、そっちはなんだよ? この――」


 罵る言葉が続くと思われた。それを、タミヤがとっさに陰から出て止めた。無表情のままだが、背伸びをしてイルマの口を両手で塞ぐ。

 けれど、タミヤの小さな体を押しのけて、イルマは叫んだ。


「この、馬鹿()()!!」


 言ってしまった。

 その場が、時間を止めて凍りついた。恐ろしい時間の始まりだった。


「言ったわね?」

「あ……」


 イルマは、顔を引きつらせて後ずさるが、すでに遅い。ヒールを鳴らしてツカツカと歩み寄ると、ノギが手にしていた二本の悪魔の尻尾のうち一本を抜き取る。そして、細腕でイルマの首根っこを捕まえた。力任せに彼を引っ張って外へ出る。細腕には、力を込めると質の良い筋肉が浮いていた。

 外へ放り投げたイルマに、セオは容赦なかった。


「ゼラ・ルエラ・シュマラ・カーラン――」

「うわぁ」


 ハトリは思わず声をあげていた。セオの手から光がこぼれ、魔術が形成されていく。


「――エ・ノハム・バティ」


 ドゥン、と黒色の禍々しい煙と共に、妖しく輝く紫色の大鎌がイルマを襲う。


「ぎゃ!」


 悲鳴も上げたくなって当然だ。ただ、イルマはゆとりのまったくない顔でありながらも、愛剣ステルラを振り回してその魔術をなんとか凌いだ。最終的には疲れ果てて地面に膝をつき、荒く息をしてへたり込んだけれど。

 そんな弟に、セオはルクスを失って白く燃え尽きた触媒を投げつけた。


「何よ。大したことないわねぇ」


 冷ややかな、兄。

 けれど、(セオ)は背後のノギに振り返ると、急に態度を変えた。媚びるような満面の笑みを浮かべている。


「ね、聞いてなかったわよね?」


 聞いてないわけがない。ばっちり聞こえている。

 けれど、ノギは真顔でうなずいた。


「聞いてない」


 ノギの隣でハトリがええ、と叫んでいる。ユラも表情に変化はなくにこやかだ。

 セオは満足げにうなずく。


「ノギは賢いわぁ。誰かさんと違って」

「払うもん払ってもらえたら、それでいいし」


 正直にそう言うと、セオはチッと舌打ちした。

 それからまた、兄と弟はわあわあと言い争いになる。その間に、ハトリがこっそりとノギに訊ねてくる。


「もしかして、知ってたの?」

「うん? セオとイルマが兄弟だってことか?」

「そっちじゃなくて、その……セオが……」


 言いづらそうなハトリに対し、ノギはあっさりと言う。


「ヤローだって?」

「う……まあ」

「見りゃわかるだろ」

「わ、わかんないって」

「そうか? まあ、あいつすぐに抱きついてくるからな」

「…………」


 ハトリが黙った。もう目にしたものを信じる素直さを失ったかもしれない。

 その様子を見たユラがクスクスと笑った。


「中身と外見のずれなんて、大した問題じゃないし。私だってあんまり人のこと言えないわ」


 ユラは大きくなったり小さくなったりする。けれど、それとこれとは随分違うような気がするけれど。


「あいつとユラを一緒にするなんてどうかしてる。ユラはいいんだ」

「そう?」


 それをエコヒイキと人は呼ぶ。

 そうして、弟をいたぶっていたセオはようやく本題を思い出したようだった。イルマではなくノギに向かって言う。


「それで、アンタにも行ってほしいのよ。協力して頂戴」

「は?」


 ノギは思わず間抜けな声を出した。イルマは、憎まれ口を叩く元気もなさそうだ。セオはピンヒールの踵で弟のふくらはぎを踏みながら続けた。


「依頼品は『水龍の逆鱗げきりん』。つまり、水龍と戦わなきゃいけないわけ。戦力は多い方がいいでしょ?」


 龍がその身に持つ、八十一枚の鱗のうちの一枚。顎の下に生えているというたった一枚を入手せよと。

 これには、さすがにイルマも喚いた。


「なんだよ、その依頼! むちゃくちゃだ! 水龍の逆鱗なんて、国宝級だろ! 闇ルートか!?」


 すると、セオはうるさそうに目を細めた。


「失礼ね。正当な依頼よ。皇帝陛下からのね」

「げ」


 皇帝。つまり、ノギの大嫌いなキリュウからである。


「三十年に一度の儀式に使われるのですって。私的なものならノギに直接頼むけれど、今回は公的に使用するものだし、ちゃんと入手ルートをはっきりとさせておかなくちゃいけないから、仲買人アタシを通すんだって仰ってたわ」

「あらら。断れそうもないわね」


 と、ユラも頬に手を当ててつぶやいた。

 ノギにとって、嫌な仕事がひとつ増えた。けれど、仕方がない。

 うんざりと、ノギは項垂れた。


          【 第8章 ―了― 】

 以上で第8章終了です。

 お付き合い頂き、ありがとうございました!


 え? セオ?

 ……(逃走)

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