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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第8章✡

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⑧唐草の沼〈4〉

 相変わらず、白い靄は消えない。

 ノギはユラのおかげでその影響を受けずにいることができる。靄があることはわかるのだけれど、自然にその先を見通す。


 ただ、ノギも集中を切らしてユラの力を借りられないと、ハトリのように瘴気にあてられておかしくなってしまうのだろう。それは嫌だと心底思った。今のハトリみたいになる自分は想像したくない。


 手強い怪物が出るでもなく、そこまで難易度の高い採取ではないと思っていた。なのに、セオがわざわざノギたちに依頼して来たのは、他の触媒屋では瘴気にあてられてしまうからかもしれない。


「……おい、ハトリ」

「うん?」

「少し離れろ」

「ええ?」


 ハトリは不思議そうにノギを見上げる。ノギの方が、自分がおかしなことを言ったのかと考えてしまうほどだ。


「だって、離れたら歩けないもん」


 だからと言って、ノギの腕に抱きついて歩く意味がわからない。先ほどまでのように、服の裾でもつかんでいればいいだけの話だ。こんなにも密着する必要はない。


「まあまあ、いいじゃない」


 ユラがにこやかに取り成す。ノギは複雑な心境だった。


「……これじゃ、いざって時に戦えないだろ」

「そしたら離れればいいんだから、今はいいでしょ。ハトリちゃん、怖いんだと思う」


 確かに、靄で前も見えなくて、体にもおかしな影響が出ているとなれば怖いだろう。普段は勝気で、すぐに口ごたえするけれど、今は飼い猫のように人懐っこい。それでも、見た目だけは同じだから少し戸惑う。


「ユラがそう言うなら――」


 そう言いかけた時、再び泥の中からトカゲの形をしたニュートが、鱗のない体を躍らせるように眼前に飛び出した。びちびちびち、と泥が降る。これは、先ほど遭遇した個体とは別なのかもしれない。

 ノギはとっさにハトリを小脇に抱えて泥の雨を避けた。そして、後方の岩陰にぽい、と放る。


「動くなよ!」


 そう怒鳴ってから、振り下ろされた吸盤だらけのニュートの手をかわすと、それを踏みつける。そして、その腕を蹴って跳んだ。ユラの力を調節すれば滑ることもない。ぬるりと蠢く舌が、ノギを払い除けようとしたけれど、ノギはそれに絡め取られるほど鈍くはなかった。


 タン、タン、と軽快な音を立て、軽々とニュートの脳天まで駆け上がると、そこに拳を一撃食らわせるのだった。昇天するほどの力は込めていない。しばらく沼に浮かんでいれば目を覚ますだろう。

 ノギは気絶したニュートの体から飛び降りると、ユラの前に着地した。ユラは少し困った顔になる。


「もう、ちゃんと手加減しないと駄目でしょ?」

「したよ。生きてるし」

「生きてるけど、気を失ってるじゃない。追い払う程度でよかったでしょ? 侵入者は私たちの方なんだからね」


 う、とノギは言葉に詰まる。けれど、それをごまかしつつノギは言った。


「ほら、早く悪魔の尻尾を探して戻ろう? ハトリもあの調子だし」


 ユラはまだ何か言いたげだったけれど、諦めたようだ。ただ、その次の瞬間に後ろを振り返って首をかしげた。


「あれ?」


 嫌な予感がした。


「ハトリちゃんは?」

「……」


 いない。


 靄の中、闇雲に動けばこうなることが少し考えればわかるはずだ。けれど、今のハトリにそこまでの思考能力がなかったのかもしれない。苛立っても意味がない。なんにせよ、厄介だということだけが確かだった。


「あのバカ……」


 舌打ちし、そう毒づく権利くらいあるはずだ。


「ノギ、早く探さないと」


 ユラの言葉に、ノギは渋々といったふうにうなずくのだった。さすがに沼にでもはまったらまずい。急いだ方がいいだろう。


 ハトリの視界は曇っている。だから、手探りで進んだはずだ。だとするのなら、そんなに遠くへは行けないはず。


「足跡が残ってるんじゃない? よく見て」

「あ、ほんとだ」


 ユラが言うように、足もとには人の足跡があった。

 ぬるぬるとした沼地だ。まともな足跡ではない。滑るように伸びている。手をついたらしき跡まであった。誰のものと判別することはできないけれど、まだ真新しい。他の人間がいたとも思えないから、十中八九ハトリのものと考えていいだろう。


 その足跡は、沼地の脇にある岩場の中に消えていた。そこには小さな穴があった。身を屈めてやっと潜れるくらいの穴だ。

 ノギとユラは顔を見合わせる。


「二人も入ると狭いと思うの。ノギが行って」


 正直に言うと、ユラが行ってくれた方がありがたかった。手間を増やすな、とまた怒鳴ってしまう気がする。ユラなら、優しく諭せると思うのに。

 そんな感情を見透かされたのか、ユラは笑う。


「優しく、ね。泣かせちゃ駄目よ」


 難しいことを言う。けれど、ここはやはりハトリのせいではないと割りきって、冷静に対処するべきなのかもしれない。

 ノギはなんとかうなずいた。


「わかった。でも、もし何か危なくなったらすぐ呼んでくれ」


 ユラにそう言い残すと、ノギはその狭苦しい入り口を潜るのだった。

 

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