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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第8章✡

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⑧唐草の沼〈3〉

 沼から粘性のある泥がびちゃ、と三人の行く手に飛んだ。ノギが顔をしかめて立ち止まると、またハトリがその背にぶつかった。けれど、それに構っている暇がなかった。

 沼の中から、泥をまとい不気味に光る何かが飛び出す。その塊は細長く大きな生き物のようだった。


「!!」


 びちゃびちゃびちゃ、と泥を撒き散らすので、ノギは背にハトリを庇ったまま横へそれた。


「ユラと一緒に下がってろ」

「う、うん」

「ハトリちゃん、こっち」


 ユラに手を引かれ、ハトリは下がった。それを見届けると、ノギは眼前の生物に向き合う。

 泥がはげてみれば、鱗はなく粘膜に覆われた大蜥蜴に似た生き物だった。ぎょろりと出っ張った赤い目が、住処を侵す人間を見据える。怒りをあらわに、尻尾をパシパシと動かして泥を跳ね上げた。

 遠くからユラの声がする。


「ニュート、だね。前に来た時は季節が冬だったから、冬眠してたのかも。遭遇しなかったよね」


 蜥蜴モドキ、ニュートとやらは確かにいなかった。

 しかし、ぬるぬるとしてグロテスクだ。あまり近づきたくない。適当に追っ払うのが得策だろう。


「一撃で仕留めてやる」


 パキ、と指を鳴らし、ノギはニュートを睨みつける。向こうはノギの背丈の倍以上ある巨体なのだが、強そうには見えない。

 ただ、その戦闘が開始するかと思われた時、ハトリが不穏な呪文を発した。


「ウル・レテル・ソエル・キーディ――」

「へ?」


 ノギが振り返ると、ハトリは円を描くように手を動かした。光がその軌跡を照らす。

 ハトリの魔力と触媒の持つルクスが混ざり合い、今まさに魔術が放たれようとしていた。ただ、術者の目は標的に焦点が合っていない。


「――サン・ルエラ!」

「このバカ!!」


 思わずノギは怒鳴っていた。靄で視界が不明瞭なハトリの術は、ノギまでもを巻き込んでいる。

 多少の触媒は持たせておいた方がいざという時役に立つと思い、採取地で適当に見繕った触媒を持たせてある。それがこうも裏目に出るとは。


 ハトリが使った触媒は、『月色石げっしょくせき』。月の色をした丸い石で、観賞用としても人気がある。

 さほど高価なものではないが、高い魔力を持つハトリが使えばそれなりの威力となった。


 パァン、と弾ける音がして、輝く石つぶてが飛んだ。ノギは舌打ちすると、持ち前の動体視力と身のこなしで素早くそれをかわす。――が、かなり際どい瞬間があり、ひやりとした。

 ノギがかわしたつぶてがニュートに当たり、耳障りな悲鳴を発しながらニュートは沼地に潜った。再び、泥の飛沫が上がる。


「当たった?」


 のん気なハトリの声がする。ノギはイラッとして、まだ通常よりも早く脈打つ心臓を押さえながらさらに怒鳴った。


「このボケ! 俺にまで当たるだろうが! いらんことすんな!!」


 ハトリはきょとんとした。何故怒られたのかわからない、といったふうに。

 ノギはつかつかとハトリとユラに近づく。ユラは何か思案顔だった。


「少し考えればわかるだろ! 見えないくせにあんなことしたら危ないだろうが!」


 ハトリの目はまだ焦点が合わない。何か虚ろな目をして顔を上げた。

 様子がおかしい。そう気づいた時には遅かった。

 ハトリは大きな空色の目から涙をボロボロとこぼす。


「えぇ?」


 そのリアクションに、ノギの方が驚いた。思わず一歩下がってしまったほどだ。

 こんな程度で泣かれたことなんてない。いつもの調子で言っただけだというのに。


「ノギの役に立とうと思って頑張ったのに、ひどい……」


 そう言って、さめざめと泣いている。いつもなら食ってかかるハトリが、おかしい。

 すると、ハトリの横でユラが手を打った。そして、晴れ晴れとした笑顔でとんでもないことを言う。


「あ、やっとわかった。ここの靄、なんでこんなに出てるのかなって考えてたんだけど、やっと思い出したよ!」

「え?」

「うん、これ、瘴気しょうきだった。だからね、人体にあんまりいい影響ないんだよ」

「……」

「私たちはガードしてるけど、ハトリちゃんは思いきり吸っちゃってるよね」

「吸っちゃってる、な」

「この反応、瘴気酔いかもね」


 かもね、と可愛く言うユラと、めそめそしているハトリに、ノギは少し疲れた。


「大丈夫。沼の外に出ればさめるよ」

「あ、そう……」


 と、ノギはぐったりとして返事をする。ハトリはというと、すでに泣き止んで能天気に笑っていた。


「ね、ハトリちゃん、もうちょっと我慢してね?」

「うん? いいよ」


 意味がわかっていないのではないかと思うのだが、ハトリはそう言ってへらへらしている。受け答えが子供のようになっているのだから、思考もそれ相応なのだろう。


 そのくせ、さっきのように魔術を放つことはできるのだから、危険極まりない。ノギはとりあえず、すべての触媒をハトリから取り上げた。けれど、自生している植物を触媒として使われないとは限らない。

 一抹の不安は抱えつつも、ノギは先を急ぐことにした。とにかく、早く帰りたい。

 酔っ払いです(笑)

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