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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第8章✡

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⑧唐草の沼〈2〉

 唐草の沼は、向蝶むかいちょうの丸の峰を有するバーント山麓にある。その北、山の陰になる薄暗い湿地帯がそれだ。

 ノギは支度を済ませると外へ出た。いつもと変わりなく、比較的軽装である。ユラも同様だ。ハトリだけ荷物が多かった。


「なんで二人とも荷物がないの? 汚れるって言ってなかった?」


 ハトリが不安げに大きめのリュックを抱き締めると、ノギは意地悪く笑った。


「俺はユラの力を借りれば泥くらい遮断できるし」

「私もノギに力を貸したって、多少は防げるから」


 つまり、泥だらけになるのはハトリだけということである。

 何か不公平だという顔をされた。いくらホノレスという優秀な魔術師であるハトリであっても、見合った触媒がなければただの女の子でしかない。


 魔術師って不便だな、と思いながらも、ノギは容赦がない。


「荷物は置いてこい。邪魔だ」

「でも、汚れ――」

「汚れたら家に帰ってから着替えればいいだろ」


 残念ながら、荷物を抱えていては邪魔になって途中で捨てるはめになるのがオチだ。ハトリは渋々家に戻ると、リュックを置いてきた。しかし、表情が恨めしげではある。


「ほら、行くぞ」


 ノギはお構いなしにハトリに向けて手を差し出す。

 バーント山麓へは翼石ウィングラピスというアイテムを使うのだ。魔術師が作り、一般に普及させている魔術品である。

 このアイテムは、離れた場所に使用者を運んでくれる。高価なものであれば帝国中を駆け回ることもできるが、ノギたちの使用するものは残念ながら安価な使い捨てだった。


 ハトリはグローブをしたノギの手に自分の手を重ねた。そこに特別な感情はない。翼石ウィングラピスの効果を伝えるために手を繋ぐだけだ。

 わかっているのに、なんとなく落ち着かない気持ちがする。それはお互いになのか、ノギだけがそう感じるのか、よくわからない。


             ☆  ★  ☆  


 唐草の沼はお世辞にも長居したい場所ではない。

 なんとも言えない臭気が立ち込めているのはもちろんのこと、まず何よりも気になるのが、白いもやだった。このまま何もしないでいると、視界が濁って見えない。


 ノギはユラから力を借り受ける。ノギが光をまとうと、ユラも同じように全身に淡い光を灯した。

 こうしておくと沼の影響を受けにくい。


「ずるい……」


 ハトリが口を尖らせてぼやく。ノギは不敵に笑った。


「仕方ないだろ。さ、行くぞ。沼にはまるなよ。はまったら捨てていくからな」

「うぅ」

「ハトリちゃん、頑張って」


 にっこりと微笑むユラは、おどろおどろしい沼地でも輝いていた。

 ぬるぬると滑る足場に気をつけつつ、ハトリは二人に訊ねてくる。


「悪魔の尻尾って、どんな形なの?」

「うん、真っ黒でうねってるの。先だけ矢印みたいな感じ」

「わかりやすいね。でも、この靄のせいでよく見えないよ」


 この乳白色の靄は、かなり色濃い。なんの力も使っていないハトリは手の届く範囲しか見えないことだろう。

 ハトリは置いていかれたら大変だと思ったのか、ノギの服の裾を捕まえた。はぐれるよりはいいかと、ノギは好きにさせた。


「俺とユラがいれば、目当ての品はすぐに見つけられるだろ。下手に動くなよ」

「……あたしは足手まといってこと?」


 ぼそ、とハトリが言った。ハトリがつかんでいるノギの服が引きつる。

 言い方がよくなかったのかと、ノギは少し考えたものの、はっきり言わないと伝わらない。伝わらなければ意味がない。遠回しになんて言えない。

 自分が悪いのか、どうなのか、ノギが考えて返事をしないでいると、ハトリが滑った。


「ひゃ!」


 変な声を出してノギの背中にぶつかった。ノギはそんなハトリに冷ややかな視線を向けるのだが、内心ではノギの方が動揺していたのかもしれない。ぶつかると言うよりも、抱きつかれたような形だった。


「ご、ごめんってば」


 しょんぼりと謝ると、ハトリはノギから手を離した。ノギは正面に向き直ると言った。


「放すな。つかまってろ」

「……いいの?」


 いいも悪いも、放したらはぐれる。だからつかまっていた方がいい。

 この状況で、ハトリがちゃんとそこにいると感じられる方が、ノギにとっても仕事に集中しやすいなんて、なんでそんなことを思うのだろう。

 はぐれて探し回るのが嫌だからだ。つまり、はぐれたら置いて帰るという選択はしないということ。

 見つかるまで探す。だから、嫌なのだ。


 足を滑らせると沼に落ちるので、慎重な足取りで歩く。

 そんな中、コポコポと沼の奥から沸き立つような音がした。

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