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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第7章✡

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⑦紗綾の洞〈5〉

 ノギが草を踏み締める音に、ハトリは驚いて体を強張らせた。きっと獣か何かと勘違いしたのだろう。

 もしくは、ノギが来たことの方がハトリにしてみたら獣より嫌なのかもしれない。そう考えたら、これ以上踏み込むことも躊躇われた。このままそっとしておこうか。

 けれど、それでは本当に獣が来た時に対処できないし、森の奥へ入ってしまう可能性も否定できない。


 そうは思うけれど、ハトリの泣き顔を見るのはノギにしても気持ちのいいものではない。泣かせたのは自分のくせに、と頭の中で自嘲してみるけれど、自分のせいだから見たくないのだ。

 傷つけたのがわかるから――。


 カンテラを手にノギが立ち尽くしていると、ハトリは恐る恐る振り返った。物音がしてから何も起こらないので、逆に不安になったのだろう。

 先に振り向かれてしまうと心の準備が不十分だった。そんな自分の表情を見せたくなくて、ノギは手を伸ばしてカンテラを掲げ、ハトリから自分の顔が見えないように小細工をした。


 そうした無意味なことをしていると、ハトリが逃げ出そうとしたのか立ち上がり、しかし木の根でつまずいてすぐにまた突っ伏した。痛かったのか、ふるふると震えている。

 ノギはその背中にそっと声をかけてみる。


「……この七宝の森の深部は、帝国が定めた立ち入り禁止区域だ。それ以上進むと結界に触れるぞ」


 ハトリは上半身だけ起こすと、下を向いたままつぶやく。


「そんなの、知らない」

「そんなことだろうと思ったけどな、知らないで済むわけないだろ」


 キリュウは子供だけれど、地位のある大人をも処罰してきた。何の後ろ盾もないハトリ一人を見逃すわけもないのだ。

 今ならまだ問題にはならない。このまま引き返せばいいだけだ。

 けれど、ハトリは嗚咽を堪えるようにして言った。


「ノギには関係ない」


 そうか、関係がないのか、とノギは思った。

 本当だ。そのことを忘れていた。ハトリはノギにとって、もともと何の関係もない存在だったのに。

 どうして今、こんなにも心配して追ってくるようになったのだろう。

 その変化を自覚した。放っておけなくなったのは、ハトリが赤の他人とは少し違う存在になってしまったからだと。


「ないけどな」


 ないけれど。

 関係はないけれど、できればそんな目には遭ってほしくない。


「……ないけど、後味が悪い」


 それを口にした。素直ではないノギにとって、それは精一杯のことだった。

 振り向かずに一度しゃくり上げたハトリに、ノギは早口で続ける。焦りが手元のカンテラの光を揺らした。


「お前、ちょっと思い詰めすぎなんじゃないのか? 一回くらい留守番してればいいだろ。それを――」


 今回の試練も、ハトリが将来に思い描く夢への一歩だと思うのだろうか。

 それでも、そこまでしなくたっていい。ノギにはハトリが周りも見えずに突っ走っているようにしか見えなかった。

 あとで後悔しても遅いことだってある。

 ハトリはうつむいたまま想いを零した。


「自分のことは自分で面倒をみなきゃいけないのに、ノギに頼って虫が良すぎるのはわかってる。怒られるのは仕方ないかもしれないけど、でも、あんな言い方されたらあたしだって……」


 そこで言葉が切れた。その代わりに涙が零れたのが、それを拭き取るハトリの仕草でわかった。


「え、と……」


 ノギは口ごもった。

 あれは頼ったという表現でいいのか――。

 密かに混乱したノギに気づかず、ハトリは続けた。


「ノギが護らなきゃいけないのはユラだもん。それに、依頼品を取りにいくんだから、あたしのことまで気にしてるゆとりがないの、当たり前だよね。自分の面倒がみられないくせに、連れて行ってほしいなんて、言って……」

「いや……」


 と、ノギはひと言漏らした。

 その後には沈黙が続いた。その沈黙の中、ノギは自分がとんでもない間違いを犯したのではないかと、うっすらと感じ始めた。

 ハトリがノギに頼みたかったことは、ノギが思っているようなことではなかったのか。

 だとするなら、傷つけたのは当然のこと。どうしよう、どうしよう、といつになくノギが焦ったのはここ最近では滅多にないことである。

 今、ノギの口を滑らかに動かすのは、きっと罪悪感というやつだ。


「あの、さ、お前、あそこに自分に合った触媒があるか確かめたいんだろ? 一応、よさそうなのがあるかだけ気にしておいてやるから、今回は留守番してろ」

「え……」

「無理するな」


 気遣う言葉に、ハトリは耳を疑ったようだ。失礼な話だが、ユラに言わせれば日頃の行いというやつである。ハトリは驚いてノギを見た。

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