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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第7章✡
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⑦紗綾の洞〈3〉

 ユラの言葉がハトリに重くのしかかった。


 死ぬことはないかもしれないけれど、蝙蝠がよってたかって自分の血をすするという状況を想像するとゾッとした。怖い。行きたくない。


 けれど、もしそこに自分が求める触媒があったとしたら――。

 絶対にないとは言いきれない。

 行った方がいいとは思う。それでも、やっぱり怖かった。


 ユラは、ノギがなんとかすればいいと言った。

 ノギは強いから、厄介な性質だろうと蝙蝠くらいなら追い払えるだろう。面倒を見てもらえばいいとユラは言うのだ。

 ノギはノギの仕事のためにそこへ行くわけで、足手まといだと自覚しているくせに連れていってほしいと頼むのはハトリのわがままだ。護ってほしいなんて、言ってもいいのだろうか。


 もし、嫌だと顔をしかめられたら、今回は仕方がない。留守番しよう。

 そう決めてからハトリは恐る恐る口を開く。先にノギから留守番を言い渡されては困るから、早く言わなくては。


「あ、あのね……」


 ノギはギクリと体を揺らした。今、ハトリが言おうとしたことを多分察している。だから、面倒だと思うのだろう。

 迷惑な話だ。厄介事だ。

 ハトリは自分でもそう思うから、せめていつものように喧嘩腰にならないように下手したてに出ようとした。

 頼み事をするのだから、それは当然だと。


 椅子に座るノギのそばに歩み寄ると、ハトリは柔らかくささやいた。しおらしく聞こえるように、気をつけてお願いする。


「私、留守番は絶対に嫌だから。その……お願いできるかな?」


 多分、嫌な顔をすると思った。それくらいは仕方がない。

 それでも、嫌な顔をして渋々だという態度を取りながらも、面倒を見てくれる。ノギにはそうしたところがある。

 最初はあんなにハトリが一緒に住むことを嫌がっていたのに、なんだかんだ言いつつ世話を焼いてくれているのだから。


 ノギの目が大きく見開かれた。少し青みがかった碧の、吸い込まれそうな色だと、なんとなく思う。目が離せなくなる。

 ただ、その次の瞬間には、その顔が歪んだ。そこにあったのは、間違いようもない嫌悪だった。

 軽蔑した眼差し。言葉にするなら、それが最も相応しいのではないかと思う。


「ふざけるな」


 低く、押し殺した声がした。

 あまりのことに、ハトリはとっさに言葉が出なかった。


「え……」


 やっとハトリののどから出た音はそれだけだった。ノギの変貌が恐ろしくて、震えが指先に現れる。

 嫌な顔をされるとは思った。けれど、これはそんな表現ができるほど生易しいものではない。


 はっきりとした失望。

 護ってほしいなんて安易に考えたハトリが愚かだったというのだろうか。

 少し勘違いをしていた。ノギにとってハトリは、ユラのような存在ではない。唯一無二の存在にはなれない。それを理解できていなかった。

 そんなハトリをノギは軽蔑したのだ。


 自分の身も護れないくせに、身の程もわきまえず迷惑を承知で甘えようとした。その図々しい行為がノギを怒らせてしまった。


「お前、目的のためなら手段とか選ばないんだな」


 高品質の触媒を手に入れたい。それがハトリの望みだ。

 試験のためにどうしても必要になる。ここにいるのもそのためだ。

 わかってはいる。甘えたハトリが悪い。

 けれど――。


「さすがにここまで来ると引くよな」


 心臓が鷲づかみにされたような痛みが走った。

 ノギの口の悪さには慣れているつもりだった。それでも、こんな言葉に慣れることなんてできない。

 その鋭い視線に耐えられなかった。


 今すぐ謝って、やっぱり今回は諦めて留守番をすると言えば、今の言葉をなかったことにできるだろうか。それも考えたけれど、それは多分無理なことだ。

 一度失った信用はそう易々と戻らない。

 それもノギのような、なかなか他人を受け入れないタイプなら尚のこと、次はない。


 何を言って取り繕ったところで、もう駄目だ。

 二度とハトリに笑いかけてくれることもないのかもしれない。

 無残に入った亀裂は修復不可能だ。


 それでも、謝ろうとはした。嫌な思いをさせてごめん、と。

 なのに、声が出なかった。出たのは小さな嗚咽で――。

 それを押さえようと両手を口に当てると、その上を止め処ない涙が伝った。

 ボロボロと、熱い涙がこぼれる。のどの奥が、息が詰まるほどに痛かった。頭の芯が痺れていく。


 視界がぼやけて、ノギの顔が見えない。けれど、見なくてもわかる。

 冷え冷えとした目をしてこちらを眺めているはずだ。

 泣けば許されるなんて思っていない。それでも止められない。


 これ以上醜態をさらしていたくなかった。この家にいてはいけないと思った。

 だから、涙を拭くのも忘れて家を飛び出した。後も先も何も考えられず、今はこの場から消えてしまいたいと、それだけを願った。

 

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