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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第7章✡
45/88

⑦紗綾の洞〈2〉

 町ではついでに夕飯の買い物を済ませた。

 今晩は冷たいものを食べたい気分だった。残暑の厳しさのせいでもあるが、秋に向けてもうすぐ食べ修めだと思うからかもしれない。


 中力麦の粉に塩と粉乳を入れて力強く捏ね、その生地をしばらく寝かせてから麺棒で伸ばす。それを細く切りそろえ、たっぷりと張った熱湯で茹で上げてから冷水にさらす。よく洗ってぬるつきを取り、ざるに上げた。小魚の出汁で作ったつゆと、薬味に小口切りの青ギネ、ぴりりと辛いミョーガ。


 のどごしがよくて食べやすいけれど、これだけでは栄養が偏ってしまう。今が旬の夏野菜、黒光りするビスナの実に切り込みを入れて油で揚げた。他にも、カボ瓜やシロサヤ豆、彩りも考えて色々用意した。見た目が鮮やかになるほどバランスも取れる、と料理の師である亡き父が言っていた。


 皿を並べ、せっせと手伝うハトリ。

 すでに椅子に座って待つユラ。

 料理を盛りつけ終わると、ノギも席についた。


 ここへ来たばかりの頃はほとんど箸が扱えなかったハトリも、今ではなんとか見られるようになった。フォークばかりを使わせていたのだが、箸が使えるようになりたいと言うので特別扱いはしなくなった。

 つるつるとコシのある麺は滑りやすい。慣れたとはいえ、まだ十分ではないハトリは苦戦していた。その隙に、大食漢のユラが順調に箸を進める。ユラは幸せそうに麺を頬張っていた。


「急がないとなくなるぞ」


 思わずノギが言うと、ハトリは慌てて箸を動かす。けれど、焦るほどに上手くはいかない。つるつると滑るばかりである。

 そんな様子がおかしくて、ノギは箸を手にしたまま笑いを堪えていた。ハトリはそれに気づいてムッとしていたけれど。


 賑やかな食事風景。

 ユラと二人だけなら、こんなふうにはならない。

 ノギとユラの間には、和やかに過ぎていく時間ばかりがあった。それに不満を感じたことはないけれど、こんな食卓もまた悪くはない。そう思ってしまった。

 そんなこと、口には出さないけれど。


 

 ユラは情けで、ハトリの分を残した。それをやっと平らげたハトリは両手を合わせる。


「ごちそうさま」


 すでにノギとユラは食べ終わっていた。ハトリが食べ終わるまで待っていただけである。


「うん、美味しかった」


 ハトリは嬉しそうだった。

 食事を終えた後、ハトリはいつも満足そうに笑う。だから、ノギも悪い気はしなかった。

 作り甲斐をそれなりに感じていた。

 ただし、それを素直には言わない。


「当たり前だ」


 素っ気なく言うと、それさえも笑われる。



 そうしてから、ユラが先に風呂へ行く。その間にノギとハトリで食事の後片づけや明日の準備をするのだった。

 髪を濡らしたユラが、タオルを頭にかけて戻った。袖なしの夏らしいルームウェアはユラによく似合っている。


「お先。次、ハトリちゃんどうぞ」

「うん、ありがと」


 いつも、この順番だった。ノギが遅くまで動いているせいだ。どうしても、風呂は最後になる。


「じゃあ、先にもらうね」

「ああ」


 作業を続けながら適当に返事をした。

 それから、最後に家計簿をつける。それがノギの日課だった。


「……どう?」


 ユラがテーブルの正面に座って覗き込んでくる。ノギは軽く苦笑した。


「ま、順調な方だと思う。次回はキリュウが納期を延ばすって言ってるし。もちろん、先は長いけど」


 すると、ユラは少し寂しげな目をした。ノギはそのことに不安を感じる。


「そう……。ノギには苦労ばっかりかけてる。ごめんね」


 そんなこと、言ってほしくない。ユラのために頑張ると誓っているのだから。


「違う。これは俺の意思で、約束でもある。……まだ、大丈夫だよな?」


 ユラはこくりとうなずいた。ノギはほっと胸を撫で下ろす。

 けれど、実際のところ、猶予はあとどれくらいあるのだろうか。



 日が落ち、森に近いこの辺りも薄闇に包まれた。ようやくハトリが風呂から上がる。

 ほんのりと上気した肌を出し、髪を拭きながらやって来た。


 ハトリはユラから服を借りることがある。今着ているものもそうだ。ただ、ユラは華奢で小柄だが、ハトリはやや背が高く、ユラに比べて肉づきがいい。少し窮屈そうな印象である。

 寝姿を見られた時は大騒ぎしたくせに、起きている時は平然とそんな格好でうろつく。

 やっぱりガサツだとノギは思う。


「ノギ、お風呂空いたよ」

「ん」


 家計簿に視線を落とす。あまり、意識していると思われたくない。

 ふと、髪を拭く際にうなじがのぞく。その後姿にちろりと目が行く。ユラがそれに気づいてクスリと笑ったから、ノギは慌てて視線を家計簿に戻した。


「さて、明日は紗綾さやうろに行かなくっちゃいけないし、もう休もうかな」


 そう言って、ユラは立ち上がる。


「ああ、お休み」


 ノギが顔を向けると、ユラは今思い出したかのように突然言った。


「あ、そういえば」

「どうしたの?」


 ハトリも首をかしげる。ユラは綺麗ににっこりと微笑んだ。


「あそこには、吸血蝙蝠がいるんだった」

「きゅうけつ……こうもり?」


 読んで字のごとく、そのままの存在だろう。血を吸う蝙蝠が出る、と。

 そうだったか、どうだったか、ノギははっきりと覚えていない。

 ノギもうんざりとぼやいた。


「まあ、血を吸われて死ぬほどじゃないだろ? 俺とユラはユラの力で凌げるし」


 すると、ユラはさらにクスクスと声を立てて笑った。


「そうね。特にノギは大丈夫よ」


 だって、と意味深に言葉を切った。


「吸血蝙蝠は偏食なのよ。処女の血しか吸わないわ」

「へぇ」


 じゃあ、男の自分は確かに安心だとノギはのん気に思った。ユラは、くるりとハトリを振り返る。


「ハトリちゃんが大変よね?」

「っ!」


 ハトリは顔を真っ赤に染め、言葉をなくした。ノギは、そんな様子をぼんやりと眺めた。


「ユ、ユラは? ユラは大丈夫なの!?」


 慌てふためいているハトリの言葉に、ユラはあっさりと返す。


「私の血は特殊だから、どうかしら? ハトリちゃんの方が美味しいんじゃない?」

「ぅ……」


 ハトリは心細そうに困惑顔になった。ユラの血を吸血蝙蝠が欲するとは考えにくいとノギも思う。

 少なくともノギとユラにとってその蝙蝠は脅威ではない。問題はハトリかとノギは考えた。

 その時、ユラは急にノギに顔を向けた。


「ノギ」

「ん?」

「あなたが()()()()してあげれば問題ないでしょ?」


 ノギは一瞬、動きを止めて凍りついた。

 今、ユラはなんと言ったのか。ノギは唖然とするのだった。


「じゃあね、お休み」


 爆弾発言を残して、ユラはあくびを噛み殺しながら部屋に引っ込んだのだった。

 取り残された二人の気まずいことといったらない。

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