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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第7章✡
44/88

⑦紗綾の洞〈1〉




 美しく雄大な海に浮かぶ、三日月のような形をした国土を持つライシン帝国。

 魔術師たちが力を持つその国には、その魔術師さえも軽んじることのできない職種があった。

 触媒屋と呼ばれる彼らは、魔術のもとである触媒と呼ばれるアイテムを入手するために必要な存在である。



 残暑厳しい常盤ときわの月。

 くだんの触媒屋の少年ノギは、相棒のユラとアルバイトのハトリと共に依頼された品を納品するため、なじみの触媒仲買人(ブローカー)の店を訪ねるのだった。

 その店は、バーガンディの町でセオという華やか美人が切り盛りする店である。


 ドアベルを荒っぽく鳴らして来店するノギは、愛想笑いひとつ顔に浮かべていないけれど、セオは彼の来訪を喜んだ。


「待ってたわ」


 そう言って、しなやかな体でノギに抱きつく。ノギは棒立ちでまったくの無反応のまま、セオが離れるのを待った。抵抗はしなかったが、顔だけはこれ以上ないほどにしかめている。

 中性的な面立ちをしたノギは、性格はともかくその容姿がセオに気に入られている。迷惑この上ないが、支払いが済むまでは色々我慢しているのだ。

 ノギの相棒であるユラも美しい少女であるが、セオは少女には興味がない。ユラは慣れているのか、平然とノギを見守っている。


 そんなユラとは対照的に、ハトリは毎回動揺する。その動揺を隠そうとするのか、長い珊瑚色の髪を指に巻きつけては定まらない視線を店のあちこちに向ける。

 ようやく解放されたノギは、ぼそりと言った。


「これが依頼品だ」


 セオに依頼されたのは、『毒アザミ』という植物である。その名の通り毒がある。ただ、毒も薬も使い方次第だ。怪我や病の痛み止めに使われる場合もある。実際のところ、依頼された品がどう扱われるのかまで、ノギに責任を持つつもりはないのだが。

 ノギとユラには大金を必要とする理由わけがあり、そのために日々稼ぎ続けるのである。


「確かに」


 どす黒い紫色をした刺々しい花を、セオは満足げに受け取る。そして、その報酬である代金をノギに手渡すのだった。この依頼は中級といったところで、それほどの額にはならない。

 ノギは無表情で報酬の入った袋を受け取った。そんな彼にセオは言う。


「じゃあ、次の依頼を頼めるかしら?」

「へえ、急だな。まあいいけど。次はなんだ?」


 いつもなら、もう少し次の依頼までの期間がある。こうも立て続けであることは珍しい。

 セオは苦笑した。


「ええ、急かして悪いけれど、今度は『紗綾さやうろ』にある、鍾乳石。ただの鍾乳石じゃないけどね」

「紗綾の洞なら、『紅朧べにおぼろ』ね?」


 ユラが先回りして言うと、セオはうなずき、微笑んだ。


「そう。鍾乳石の中で、稀に薄紅色に輝くものがある、それよ」

「なるほど」


 と、ノギはつぶやく。


「依頼人が急に言ってきたの。その上、せっかちでね。急いでくれないと困るの一点張りで。でも、お客様だから仕方がないわ」


 無理難題であろうとも、できないと容易に言ってはいけない。それは力を尽くし、これ以上はないというほど奔走した後の苦渋のひと言であるべきなのだ。


「あそこは、帝国の北西の端。船を使っていたのでは時間がかかりすぎるから、往復分しかないけど今回はこれを使って」


 セオが懐から取り出したのは、高機能の翼石ウィングラピスである。この石は、使用者を目的地まで運んでくれる。

 距離がありすぎるとその分高額となるので、本来なら船を使った方が安いくらいだ。けれど、急いでいるのだから背に腹は変えられないということだろう。利は薄いが、依頼主の信用を勝ち得ることができれば次の仕事に繋がる。


「了解」


 少し値の張る薄紫色をした石を握り締めると、ノギは仕事を請け負った。



 セオの店を後にした三人は、昼下がりのバーガンディの町を歩く。強い日差しが石畳にも熱を持たせている。照り返しが眩しかった。

 目を細めて、ハトリは手をかざす。その姿勢のままぽつりと言った。


「……セオさん、美人よね」

「は?」

「ノギ、ほんとは嬉しいんじゃない?」


 ハトリは、いかにも眩しいといったふうに顔を隠して歩く。だからどんな表情でいるのかは見えないけれど、質問があんまりにも馬鹿らしいからノギはうんざりした。


「アホか。あいつに抱きつかれて嬉しいやつがいるなら、お目にかかりたいけどな」

「ノギが変なのよ。嬉しい人の方が多いと思うけど」


 他人のことなんて知らない。ノギは嬉しくない。それだけだ。

 ユラだったら嬉しいけれど。


「じゃあ今度代わってやる」

「ええっ! そういう意味じゃないし!!」


 そんな二人の様子を、ユラは二人の間でニコニコと見守っている。そのユラを見て、ハトリは納得したようだった。独り言をかすかな声で零した。


「あ、そっか。ノギはユラじゃないと興味がないんだった」

「あ?」


 はっきりとは聞き取れなかった。けれど、それを言った後、ハトリの表情は晴れなかった。

 結局のところ何が言いたいんだと、ノギはモヤッとしたまま歩いた。





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