⑥市松の林〈7〉
エドはあれから色々と考えた。他の店も探した。
けれど、やはりミーティアーの尾羽は見つからない。不本意ながらに、結局はあの少年のもとを訪れるしかなかった。
あそこにはハトリがいる。エドを凌ぐ才能を持つハトリが。
彼女にとって、エドは格下の存在だろう。負ける心配などしたこともないのではないだろうか。
だとするなら、エドがミーティアーの尾羽を手に入れる邪魔をしないのでは――ふと、そんな風に思った。
色々なことを気にしすぎた。
もう一度、あの場所に向かう。そう決めた。
☆ ★ ☆
市松の林から帰ったその日、ノギは自宅でミーティアーの尾羽をハトリに見せた。素直ではないハトリの本心が知りたかったからかもしれない。
ハトリは指先で尾羽を何度も撫でた。それだけで尾羽にどれほど高いルクスが含まれているかを知ったようだった。手が震えていた。
けれど、これがほしいとは結局言わなかった。
ノギもユラも、そんなハトリに何も言わなかった。
そして、その翌朝、再びエドがやってきた。
「来たな」
ノギは柵の前で抑揚なく言った。そんなノギに、エドの方が怯んでいた。
ハトリとユラも家の入口に控えて動向を見守っている。
「あ、あの――」
その言葉を、ノギは強い口調で遮る。
「ミーティアーの尾羽なら手に入れた」
「え!?」
半信半疑なエドに、ノギは腰のポシェットから束ねた尾羽を取り出した。その輝きに、エドは息を飲んだ。本当に、のどから手が出るほどにほしいのだろう。
それだけの執着を見せるだけあって、手に入れる努力はしたのかもしれない。ノギたちに頼むだけでなく、数多ある触媒取扱店を回り、探し回ったのではないだろうか。
ノギはその尾羽を手にしたまま、うっすらと目を細めた。少しだけ面白いことを思いついたのだ。
ユラには悪趣味だと怒られてしまいそうなことを。
「ハトリ」
ハトリを手招きして呼び寄せる。エドの表情が強張った。
ノギはうつむきがちだったハトリの手に、その尾羽を押しつける。
「ノギ?」
戸惑うハトリに、ノギは意地の悪い顔をした。
「それ、今までのバイト代な」
「ええ!!」
大声を張り上げたハトリに、ノギは満足した。ちょっとくらい騒がしい方がハトリらしいと。
エドが取り乱して柵をつかんだ。眼鏡が少しずれている。
「な、何を! それを依頼したのは僕じゃないか!!」
「受けるなんて言ってない」
しれっとノギはそう言い放った。それから、ハトリに言う。
「それはお前にやった。どうするかはお前の自由だ」
「そんな……」
エドの顔が絶望に染まる。顔面蒼白になり、薄い唇を噛み締めていた。そんな様子を、ユラはただ黙って宝石のような瞳で見守っている。
エドの絶望を、ハトリはいい気味だと思っただろうか。望んでいた一級品の触媒が手に入り、卒業試験に憂うところがなくなったはずだ。ほっとしたのだから、笑えと、ノギは思った。
暗い顔はもう見飽きた。
けれど、ハトリは手にしたミーティアーの尾羽を前に差し出す。顔は強張ったままだった。
「じゃあ、これはエドに売るね。代金はノギが受け取って」
うん? とノギは思わず首をかしげた。ハトリはこの触媒では嫌だと言うのだろうか。贅沢なやつだと呆れた。
けれど、そういうことではないらしい。
エドは喜ばなかった。目をつり上げ、ハトリを睨みつける。
「それは……僕がどうしたって君には勝てっこないからか? 僕なんて相手にならないから、ミーティアーの尾羽を渡したところで怖くない。それが君の考えか」
ハトリは血反吐を吐くようなエドの言葉を聞き、何故かふと表情を和らげた。それがノギにはますます理解できなかった。それはエドも同じであったようだ。恥辱に顔を染め上げている。
それでも、ハトリは穏やかだった。自分の迷いに答えが出たとでも言いたげだ。
「まさか。いつだって怖かったよ。絶対に勝てるなんて思ったことない。……でも、この触媒を求めた時のエドは真剣だった。純粋にこの触媒を扱いたいって焦がれてた。それがわかるから……」
「怖かった? ホノレスの君が、平凡な僕を?」
それは、自嘲するような声だった。
この国では魔術の才能がすべてだ。魔術を扱えない人間にしてみれば贅沢な話ではあるのだけれど、使えたら使えたで苦悩はあるらしい。
ハトリも才能はあれど、だからといって将来にまったく不安がないわけではない。
「怖かったよ。エドが努力家なのは競ってるあたしがよくわかってる。ねえ、あたしたちって毎日顔を合わせてお互いを意識してきたのに、何を考えているのかまるでわかっていなかったんだね。こうして話して、もっと意見をぶつけるべきだった。そうしたら、見方も変わったはずなのに」
そうして、ハトリは笑った。その笑顔は晴れやかで、無理なく自然と出たものに見えた。
そのことにエドも驚いているふうだった。ここで笑うのかとノギも驚いたくらいだから、無理もない。
「譲るのは、優位に立ってるからじゃないよ。あたしたちの立ち位置は同じ場所。でも、これをほしいと思う気持ちであたしはエドに勝てないなって思ったの。それから、これを扱うエドと本気の勝負がしたい。楽な勝利なんて価値がないって今になって気づいたの。あたしはもう少し、自分のための触媒を探してみる。だから――」
唖然とするエドに、ハトリはどこか悪戯っぽく笑った。それは珍しい表情だった。
「失望させないでよね」
「しつ――!?」
「これは高度な触媒だから。扱えませんでした、なんて止めてよ。ちゃんと頑張ってよ」
そうして、ハトリはミーティアーの尾羽をエドに手渡す。重さを感じないような代物だけれど、エドはその重みを噛み締めるように両手で押し頂く。
「本当に、いいのか?」
恐る恐るそう訊ねる。
「うん」
ハトリが大きくうなずくと、エドはほっとしたように表情を緩めた。そうして、ぼそりと言った。
「……ありがとう」
その小さな声に、ハトリは笑う。
そして、エドが代金をノギに手渡した瞬間、ノギはようやく現実に戻ってきたような気分になった。
金の重みがそれを思い出させた。こんなに高価なものをハトリにやるなんて、どうして言ってしまったのかと今になって思う。
けれど、さっきはそうすることでしかハトリが元に戻らないような、そんな気になってしまったのだ。この金の重みとハトリの笑顔――それがまるで同価値のようではないかと、ノギは軽くかぶりを振る。
金の方がずっと重要だ。おかしなことを考えた、と。
それから、去り際にエドは言った。
「ハトリ君、君が納得のいく触媒を手に入れて学院に戻るのを待ってるよ。勝負は正々堂々、負けても文句は言わない」
力の限り頑張ったと言える勝負のため、それだけのために努力する。二人がそれを決意したのだ。
エドの使用した翼石の残光が僅かに残る中、ノギはあくびをした。
「お前もバカだなぁ」
もっと狡くなれば、世の中いくらでも過ごしやすくなるのに。それができない正直すぎるハトリは馬鹿だ。
「だって……」
ユラはそんなハトリの腕に腕を絡め、嬉しそうに微笑んだ。
「ノギ、ハトリちゃんが元気ないから気にしてたんだよ?」
ブッ、とノギは思わず吹き出してしまった。ハトリはきょとんとしている。
違う、そうじゃない。そんなつもりはない。
これだけは誤解されたくない。
「違うし! そういうんじゃない!!」
そんなわけない。
なのに、ユラはウフフと笑っている。
そんなこと思われたら、ハトリが調子に乗る。そんなのは絶対に駄目だ。
雇い主としての威厳がなくなる。
けれど、ハトリは調子に乗るというよりもどこかほっとしたように笑った。
「ありがと、ノギ」
「だ、だから、違うって言ってるだろ!」
気にしてなんかない。そう言っているのに。
うん、とうなずいたハトリがどこか嬉しそうに見えたなんて、そんなことがあるだろうか。
ノギはもうこのやり取りが嫌になって家に駆け込んだ。決して逃げたわけではない。
決して――。
【 第6章 ―了― 】
以上で第6章終了です。
お付き合い頂き、ありがとうございました!




