⑥市松の林〈5〉
「で?」
窓際から外を眺めつつ、ノギは短く問う。
ハトリはただ、言葉に詰まっていた。
「で? って、何よ」
本当はわかっているくせに、そうはぐらかされた。途端に、ノギはさらに冷ややかな目をしてやった。
「別に。言いたくなければいい。その代わり、後でごちゃごちゃ言うなよ」
突き放したそのひと言に、ハトリはしょんぼりと項垂れる。顔を上げたらノギのイライラした顔がある。そう思うと顔を上げるのが嫌になったに違いない。
けれど、そんな空気をユラが和らげてくれる。
「こら。そういう言い方しないの」
それから、ユラはそっとハトリに微笑む。
「ここは学院じゃないんだから、弱音を吐いてもいいのよ」
その顔を見て安心したのか、ハトリからぽつりぽつりと言葉が出た。
「少し……苦手なの」
「は?」
ノギが素っ頓狂な声を出したから、ハトリは困惑して補足する。
「エドっていうんだけど、あの人のこと」
ノギとユラは言葉を挟まずにその続きを待っていた。ハトリは少しずつ語る。
「あたしね、学院の中でちょっと浮いてた。……だって、孤児だもん。学院の中は良家の子女が多いから。血統が能力を左右するって考え方をする人が多いの」
一度語り出すと、今度は驚くくらい饒舌になった。
こんな話ができる相手がハトリにはいなかったのだ。本当は、誰かに聞いてほしかったのだろうか。
「でも、あたしは特待生になって、実力を示したの。先生たちは私が優秀だって褒めてくれたけど、生徒たちはそうじゃなかった。あたしががんばればかんばるほど、みんな自分を否定されているみたいに感じたのかな。あたしを目の敵にしてた」
「あいつもそうだってことか」
「……うん。エドはいつもあたしと首席を争っていたから、特にそう」
学院になど通ったことのないノギにはよくわからない。わからないけれど、これを語るハトリは少しも楽しそうではない。優秀だといっても、相応の苦労があったのだろう。
「ふぅん」
結局、それくらいしか言えない。へたな慰めを言える口など持ち合わせていないのだ。
ハトリなりに考えることはある。そっとしておいてやれとユラは思うだろうか。それでも、ノギは聞いておくことにした。
「で?」
ハトリはギクリと体を強張らせるばかりだ。
「それで、お前はどうしたいんだ? 俺たちは触媒屋だ。依頼があれば触媒を手に入れる。けど、お前はそうじゃない。手を貸したくないなら、留守番してろ」
エドもハトリと首席を争っていたというのなら、優秀な実力を持つ。
ミーティアーの尾羽があれば、好成績を収めるだろう。
もし、ハトリが望む触媒を手にできなかったとしたなら、勝てないかもしれない。
ライバルに塩を送ってやることはない。失敗してしまえと願ったとしても、それはお互い様。それが勝負の世界なのだ。
ノギも同業者の足を引っ張り、妨害することに罪悪感などないので人のことは言えない。
しかし、ハトリはノギたちに依頼を受けるなとは言わなかった。
「わからないよ……」
ただそれだけを力なくつぶやいた。
その言葉があまりにも弱々しかったから、ノギはもう諦めた。今、問い詰めたところで結論など出ない。
「まあいい。とりあえずは市松の林に向かう。まず、入手できるかも怪しい代物だからな。手に入らなきゃ、こんなこと考えたって無駄だ。お前は家にいろ」
「ううん、行くよ」
行くと言う。
けれど、ノギには手を出させるつもりはなかった。ハトリもまた、手助けになるようなことはしないだろう。
それでも、見届けようと思うのかもしれない。
ハトリにはなんの後ろ盾もない。成績が優秀で将来性がある、それだけがすべてなのだ。
だから誰かに負けて自分の価値が下がることを恐れている。自分にはこれしかないのだと。
その不安は、自分で解決するしかないことなのだ。ノギたちが何かを言ったところで本当の解決は訪れない。
乗り越えられるかどうかはハトリ次第ということ。
そんなふうに思うノギを、冷たいとユラは言うだろうか。




