⑥市松の林〈4〉
こういうやつは嫌いだ、とノギは思った。
自分は生まれながらにお前たちとは違うんだ、将来を嘱望される期待の重さなど知らなくせに、と。
どこかで他と自分を分けている。
そういったタイプの最たる存在が皇帝キリュウだ。
ただし彼は、唯一無二の孤高の存在。皇帝ともなれば、それは仕方のないことかと思わなくはない。
けれど、眼前の学生がキリュウのように振舞うのは滑稽だ。不満なら全部捨てればいい。
それができないから、人を恨んで自分を守る。
あまり関わりたくないが、金を稼ぐためには客だと割りきるしかない。
ノギが渋々そう考えをまとめた頃、背後で戸が開く音がした。ハトリとユラのどちらかだ。振り返ると、その両方だった。
ただし、ハトリはユラの背に隠れている。
ハトリは朝の騒動から機嫌を損ねてろくに口を利かない。ノギも意地を張り、外の様子を見に行けと話しかけるのも嫌で、結局自分で見に来たのだ。
未だにその態度はどうかと思う。面倒くさい。
ユラはどういうわけかすぐにハトリの肩を持つ。それが少し癪だった。
冴えない学生をユラは一瞥すると、可愛らしく首をかしげる。
「ノギ、お客様なの?」
「ああ。ミーティアーの尾羽がほしいんだと」
そう投げやりに言うと、ユラは思案顔でつぶやく。
「ええと、可能性があるとしたら『市松の林』辺りかしら?」
ミーティアーはひと際高い木の天辺を宿木にするという。高木の多い市松の林なら可能性はあるだろう。
「そうだな」
「じゃあ、決まりね」
学生は意外そうに声を張り上げた。
「う、受けてくれるのか?」
学生の視線がユラに向く。その時、眼鏡の奥の気だるげな目が、カッと見開かれた。
あんまりにもユラが綺麗だから驚いたのだろう。ノギはそう思った。
けれど、学生が見ていたのは、ユラの後ろだった。
「ハ――ハトリ君?」
そういえば、ハトリもシャトルーズ学院の生徒だ。休学中だが、顔見知りであっても不思議はなかった。そうしたハトリの背景は日常には関わりがなく、この時のノギはすっかり失念していた。
けれど、ふと、二人の間の異様な空気に気づいた。
顔見知りだというのに、ハトリは挨拶をしようともしない。普段ならもっと堂々と前に出て、頼みもしないのに首を突っ込むはずなのに。
今、ハトリはユラの後ろから出てこようとしなかった。ユラは心配そうにハトリを振り返る。そんなユラの腕につかまるハトリの手に、ノギは緊張を感じ取った。
「こいつと知り合いなのか?」
ノギは学生に向けて問う。彼は躊躇いがちにうなずいた。
「ああ、彼女は休学中だけれど、同じクラスだから……」
「それにしちゃ、仲悪そうだな」
核心を、ノギはさらりと口にする。学生の方が言葉に詰まった。
「勉学に励む以上、クラスの中はすべてライバルだ。仲良しではいられないよ」
そういうものなのだろうか。
ただ、ノギにとってはどうでもいいことだ。ノギはわざと大声で言った。
「おい、ハトリ! お前のクラスメイトは卒業試験のためにミーティアーの尾羽をご所望らしいぞ。お前も卒業試験のための触媒を探してるんだろ? お前はどうなんだ?」
「え……?」
今朝の勢いは鳴りを潜め、まるで別人のように大人しいハトリが怯えた目をした。ノギはその様子に落ち着かない気分になる。
「ミーティアーの尾羽は高ルクスの触媒だ。お前もほしいんじゃないのか? ライバルにやってもいいのか?」
そんな問いかけをしてみる。
意地悪だとユラは怒るだろうか。けれど、ユラは黙って動向を見守っていた。
「な、何を言ってるんだ!?」
学生はただ狼狽した。ノギはそんな彼を無視し、ハトリから目をそらさずにいた。
ハトリは何も答えない。その大人しいハトリを心底嫌だと思った。知らない別人の顔をする。
原因は、このクラスメイトとやらだ。
思えば、ノギたちはここにいる時以外のハトリを知らない。どんなふうに学院に通っていたかなんて、考えたこともなかった。興味がなかった。
けれど、こんな顔をされたのでは、据わりが悪い。
ノギはうんざりとした表情で学生に向き直る。
「ちょっと保留だな」
「はぁ!?」
学生の顔が青ざめた。余程ミーティアーの尾羽に執着があるのだろう。
ノギはわざとらしく嘆息する。
「とりあえず、帰れ」
それだけ言い放つと、ノギはユラとハトリを家の中に押し込んだ。そして、無情に扉を閉める。
きっと、彼は一人呆然と立ち尽くしている。見なくてもそんな光景が目に浮かんだ。
ただ、それでも諦めず、てこでも動かないと居座る気概があるならまだいい。彼はそうした人間ではないと思われた。
ノギの予想通り、程なくして翼石を使用する気配があり、あの学生の姿は消えていた。窓から外を眺め、それからノギはハトリと向き合う。




