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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第6章✡

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⑥市松の林〈4〉

 こういうやつは嫌いだ、とノギは思った。


 自分は生まれながらにお前たちとは違うんだ、将来を嘱望される期待の重さなど知らなくせに、と。

 どこかで他と自分を分けている。


 そういったタイプの最たる存在が皇帝キリュウだ。

 ただし彼は、唯一無二の孤高の存在。皇帝ともなれば、それは仕方のないことかと思わなくはない。

 けれど、眼前の学生がキリュウのように振舞うのは滑稽だ。不満なら全部捨てればいい。

 それができないから、人を恨んで自分を守る。


 あまり関わりたくないが、金を稼ぐためには客だと割りきるしかない。

 ノギが渋々そう考えをまとめた頃、背後で戸が開く音がした。ハトリとユラのどちらかだ。振り返ると、その両方だった。

 ただし、ハトリはユラの背に隠れている。


 ハトリは朝の騒動から機嫌を損ねてろくに口を利かない。ノギも意地を張り、外の様子を見に行けと話しかけるのも嫌で、結局自分で見に来たのだ。


 未だにその態度はどうかと思う。面倒くさい。

 ユラはどういうわけかすぐにハトリの肩を持つ。それが少し癪だった。

 冴えない学生をユラは一瞥すると、可愛らしく首をかしげる。


「ノギ、お客様なの?」

「ああ。ミーティアーの尾羽がほしいんだと」


 そう投げやりに言うと、ユラは思案顔でつぶやく。


「ええと、可能性があるとしたら『市松いちまつの林』辺りかしら?」


 ミーティアーはひと際高い木の天辺を宿木にするという。高木の多い市松の林なら可能性はあるだろう。


「そうだな」

「じゃあ、決まりね」


 学生は意外そうに声を張り上げた。


「う、受けてくれるのか?」


 学生の視線がユラに向く。その時、眼鏡の奥の気だるげな目が、カッと見開かれた。

 あんまりにもユラが綺麗だから驚いたのだろう。ノギはそう思った。

 けれど、学生が見ていたのは、ユラの後ろだった。


「ハ――ハトリ君?」


 そういえば、ハトリもシャトルーズ学院の生徒だ。休学中だが、顔見知りであっても不思議はなかった。そうしたハトリの背景は日常には関わりがなく、この時のノギはすっかり失念していた。


 けれど、ふと、二人の間の異様な空気に気づいた。

 顔見知りだというのに、ハトリは挨拶をしようともしない。普段ならもっと堂々と前に出て、頼みもしないのに首を突っ込むはずなのに。


 今、ハトリはユラの後ろから出てこようとしなかった。ユラは心配そうにハトリを振り返る。そんなユラの腕につかまるハトリの手に、ノギは緊張を感じ取った。


「こいつと知り合いなのか?」


 ノギは学生に向けて問う。彼は躊躇いがちにうなずいた。


「ああ、彼女は休学中だけれど、同じクラスだから……」

「それにしちゃ、仲悪そうだな」


 核心を、ノギはさらりと口にする。学生の方が言葉に詰まった。


「勉学に励む以上、クラスの中はすべてライバルだ。仲良しではいられないよ」


 そういうものなのだろうか。

 ただ、ノギにとってはどうでもいいことだ。ノギはわざと大声で言った。


「おい、ハトリ! お前のクラスメイトは卒業試験のためにミーティアーの尾羽をご所望らしいぞ。お前も卒業試験のための触媒を探してるんだろ? お前はどうなんだ?」

「え……?」


 今朝の勢いは鳴りを潜め、まるで別人のように大人しいハトリが怯えた目をした。ノギはその様子に落ち着かない気分になる。


「ミーティアーの尾羽は高ルクスの触媒だ。お前もほしいんじゃないのか? ライバルにやってもいいのか?」


 そんな問いかけをしてみる。

 意地悪だとユラは怒るだろうか。けれど、ユラは黙って動向を見守っていた。


「な、何を言ってるんだ!?」


 学生はただ狼狽した。ノギはそんな彼を無視し、ハトリから目をそらさずにいた。

 ハトリは何も答えない。その大人しいハトリを心底嫌だと思った。知らない別人の顔をする。


 原因は、このクラスメイトとやらだ。

 思えば、ノギたちはここにいる時以外のハトリを知らない。どんなふうに学院に通っていたかなんて、考えたこともなかった。興味がなかった。

 けれど、こんな顔をされたのでは、据わりが悪い。

 ノギはうんざりとした表情で学生に向き直る。


「ちょっと保留だな」

「はぁ!?」


 学生の顔が青ざめた。余程ミーティアーの尾羽に執着があるのだろう。

 ノギはわざとらしく嘆息する。


「とりあえず、帰れ」


 それだけ言い放つと、ノギはユラとハトリを家の中に押し込んだ。そして、無情に扉を閉める。

 きっと、彼は一人呆然と立ち尽くしている。見なくてもそんな光景が目に浮かんだ。

 ただ、それでも諦めず、てこでも動かないと居座る気概があるならまだいい。彼はそうした人間ではないと思われた。


 ノギの予想通り、程なくして翼石ウィングラピスを使用する気配があり、あの学生の姿は消えていた。窓から外を眺め、それからノギはハトリと向き合う。

 

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