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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第6章✡
37/88

⑥市松の林〈2〉

『――君ねえ、エド君。君は勿論才能あふれる生徒だよ。けれどね』


 いつも皆、決まって同じことを言う。

 その口元がにやけていた。


『けれど、ハトリ君の方が上、かな。何せ、彼女は類稀なホノレスだからね』


 魔術師の中でも高い魔力を秘める、ホノレス。

 プリマテスである王族に次ぐ、その実力。


『君に彼女を越えることは――』


 うるさい。

 皆、うるさい。


「僕は――!」


 そう叫びかけて目が覚めた。ぐっしょりと寝汗をかいている。

 これは暑さのせいばかりではない。

 エドは体を起こすと、ベッドのそばにあった眼鏡をかけた。これがないと何も見えない。

 開け放った窓から風が室内に吹いたけれど、風の通り道のない部屋では大して涼しくもならなかった。紗織りのカーテンがゆらめく。


 部屋を出て、白が基調の洗面所で母親が使っている鏡台の前を通りすぎる。

 焦茶色の癖毛。黒縁の眼鏡をかけた、そばかすの浮いた平凡な顔。

 エドは寝癖をごまかすためにブラシを乱暴にかけた。



 今日は休日だ。

 だからといって、学業を忘れて遊び惚けるわけではない。そんなことは許されない。

 エドの家は格式のある名家なのだ。父親は役所の重役。優秀な魔術師を輩出してきた家系である。


「もうすぐ卒業だな」


 テーブルで食事を取っていた父が言った。そのひと言にドキリとする。


「は、はい」

「最後まで気を抜かぬように。卒業試験で追い抜かれるなんてことのないよう、支度を怠るな」

「勿論です」


 平静を保つ。

 覚られてはいけない。不安なこの胸のうちを。

 一度も勝てない相手がいる、このくすぶる劣等感を。

 それでも自分は特別だと信じたい――。



 エドは一人、家の外へ出た。

 痛々しいまでにまばゆい空を見上げる。それはまるで、不甲斐ない自分を痛めつけるような行為だった。


「どうして……」


 川縁に立ち、エドは小さくつぶやいた。

 どうして勝てない。

 あれはただの庶民だ。

 血統も何もない雑種だ。

 なのに、何故勝てない。

 教員たちの誰もがハトリに期待する。


「僕は……」


 それでも、負けるわけにはいかない。

 どんな手を使おうとも、主席で学院を卒業する。

 その思いを胸に、エドは翼石ウィングラピスの使用ポートへ行き、それからとある場所まで飛ぶのだった。


            ☆  ★  ☆  


 エドがやって来たのは、バーガンディの町。

 先週の休日には首都ヘリオトロープを隈なく探した。

 彼の目的は、卒業試験に必要な触媒である。自分に最も相応しく、力を出しきれると確信できる品を探しに各地へ出向いているのだ。

 この町には、セオという触媒仲買人(ブローカー)が営む店がある。品揃えはよい方だ。もしかすると掘り出し物があるかもしれないと、期待を込めてやってきたのだ。


 レトロモダンなレンガの店構え。

 ガラン、とドアベルの音を響かせながら中に入った。すると、中から口論する声がして、エドは軽く身をすくませた。

 そこにいたのは、店主であるセオ。長身の美女だ。女手ひとつでこの店を切り盛りしている。


 もう一人いた人物は、来客に気づくと舌打ちしてセオから離れた。金髪に赤と青のメッシュを入れた、軽薄としか言いようのない風体の青年だった。

 彼はエドとすれ違う時、わざと肩をぶつけたように思う。そうして、ただ不機嫌にエドを睨みつけて去った。

 育ちの悪い、低俗なやからだ。

 気分を害しつつも、エドはセオに歩み寄り、本題に入る。


「あの――」


 振り向いたセオの顔も険しかった。先ほどの青年と口論していた熱が冷めないのだろう。

 迷惑な話だが。


「ああ、何か? お探しの品でも?」


 少し、上から物を言われた気がした。気分が悪い。

 けれど、相手は妖艶な美女である。高飛車なのも仕方がないと思い直した。


「卒業試験のために必要な触媒を探しているんだ。何か、いい品はないだろうか?」


 そう訊ねた。すると、セオはああ、と声を出した。


「シャトルーズ学院の生徒さんね? あなたが扱えるものを好きに選ぶといいわ」


 確かに、品揃えは豊富だ。ここにいるだけで、それぞれの触媒が持つルクスが体内に伝わるような恍惚感がある。けれど、エドはそのどれもを手に取って見ることはなかった。

 ぽつりと言う。


「『ミーティアーの尾羽』はないのか?」


 ミーティアー。

 流星の名を持つ鳥。その尾羽は、煌く星の命のようだと。

 それはそれは美しい鳥なのだと聞く。

 セオはくすりと赤い唇で笑った。


「随分と高望みをされるのね」


 そのひと言に、エドはカッと頬を染めた。分不相応だと、エドには過ぎた代物だと嗤うのか。

 続けてセオは言った。


「ミーティアーの尾羽は一級品。それも、お金を出せば手に入るとは言えないわ。まず入手が困難ですもの」


 けれど、エドは諦めきれなかった。

 随分と昔、一度だけ目にしたことがある、あの触媒。

 あれを手にしたい。ずっとそう思ってきた。

 卒業試験にどうしても必要だと言えば、金銭面の心配は要らないはずだ。


「それでも、なんとかならないか? それを手に入れられそうな心当たりは――」


 すると、セオはにこりと微笑んだ。その妖しさにドキリとする。


「心当たりがあるとすれば、とある触媒屋ね。ならもしかすると手に入れることができるかもしれないわ」


 少しでも可能性があるのなら、それに賭けたい。


「だ、だったら、頼む」


 そう言ったエドに、セオは淡白な口調で返す。


「そう。なら頼みに行くといいわ」

「え?」

は気難しいから。その必死の思いを伝えて動かしてね」

「ええ?」


 あんぐりと開いた口が塞がらなかった。

 触媒屋とは、触媒を入手してくる人々。けれど、魔術とは無縁の、魔力を持たない只人。

 知性などなく、粗野な連中。

 そう、さきほどまでこの店にいたあの青年も触媒屋なのかもしれない。


「き、君は仲買人ブローカーだろう? ぼくが頼んでるんだ。ちゃんと手配してくれ!」


 すると、セオはコロコロと笑いながらカウンターの中に戻った。そして、サラサラと何かを書く。そうして、一枚の封書と手書きの地図を持って戻った。

 魔力を込めた封蝋は、特定の相手にしか開けない。


「これ、その触媒屋の居場所よ。こっちは紹介状。じゃあ、健闘を祈っているわ」


 嫌なら諦めたらいい。セオの顔にはそう書かれていた。

 だからこそ、エドはその封書と地図をひったくるようにして受け取った。


「支払いは触媒屋に直接払う。それでいいな?」


 セオはうなずいた。


「ええ。そうしてくださいな」


 大人の顔は崩れない。むきになるだけ、自分が子供だと言われているようで癪だった。


 考え方を変えよう。

 試験はここから始まっているのだと。

 ミーティアーの尾羽を手に入れることは、エドが自分に課した試練なのだ。

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