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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第5章✡

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⑤向蝶の丸の峰〈6〉

 どうやって崖っぷちに辿り着いたのか、ノギ自身も思い出せない。火事場の馬鹿力とでも言うのか、とっさに驚くべき動きをした。落ちる寸前のハトリ手首を取ったのだ。

 しかし、普通の力では人間一人を支えるなんてことはできない。ノギはユラの力を右手に集中させていた。これならハトリ一人くらい引っ張り上げられる。

 しかし――。

 背中に痛烈な痛みが走った。イルマがノギの背を力いっぱい踏みつけたのだ。背中は無防備で息が詰まった。


「くっ……」


 思わず呻いてしまうと、惚けていたハトリが状況を把握したらしい。そのくせ、そこから喚き散らした。


「なんで! なんで助けてくれるの!? あたし……妃蝶落としちゃったよ?」


 助け上げて何も持っていないとわかった時、ノギの顔が嫌悪に染まるさまを想像すると怖くて、先に断ったのかもしれない。

 けれど、妃蝶のことなど忘れていた。助けたのはそういうことではない。体が勝手に動いただけだ。


「だって、少しの間だけって言ったじゃない! すぐにまた他人になるあたしのことなんて助けなくてもいい!」


 いつ、何を言ったと言うのか。ハトリの言葉がよくわからない。憎まれ口しか利かないノギだから覚えてはいないけれど、そのうちの何かをハトリは気にしていたのだろうか。

 そんなことを喚かれても気が散るから、ノギは声を絞り出した。

 

「うる……さい、黙れ」


 その間も、イルマはノギの背を力強く踏み続けている。あとで覚えていろと思った矢先、脇腹に鋭い痛みが走った。これ以上はまずい、とノギは力を振り絞ってハトリの体を引き上げ、最後は投げつけるようにして峰の上に放った。それが限界だった。

 少し痛かったかもしれないが、そこまでは構っていられない。


 脇腹を剣で裂かれ、そこからドクドクと血が流れるのを感じた。

 イルマはユラが治癒能力を使えることを薄々勘づいている。だから、多少痛めつけたところでいいと思っているのだろう。

 今まで逆にズタズタにしてやったことが何度もあるから、今回は逆にその仕返しをされたということだ。


 身をよじりながらノギは目でユラを探すと、ハトリに気を取られている間にイルマが救出したらしきタミヤと睨み合っていた。

 イルマは、再びドスリと爪先をノギの腹に埋め込んだ。血を流したせいで目がチカチカするけれど、ノギは悲鳴ひとつ上げなかった。

 それが気に入らなかったのか、イルマは冷え冷えとした声で言った。


「お前がユラ以外の人間を助けるなんてな。妃蝶も手に入らなかったし、お前のせいで台無しだ。さて、どうしてくれる? せめて泣き喚いて気を紛らわせてくれよ」


 今までの恨みが溜まっているらしく、イルマの目が据わっていた。ハトリがあのまま落ちることも考えていなかったのか、ハトリのことはノギが手を放しても助けるつもりでいたのかは知らない。


「――ウル・レテル・ソエル・トゥルテ・グラディス――……」


 突然、詠唱する声がした。ハッとしてノギもイルマも目を向けた。

 ハトリが手にするのは、風蜥蜴の鱗。

 先ほどタミヤが持っていた触媒だ。どうやらくすねていたらしい。

 ハトリほどの力を持つ魔術師がその術を人間に向けて放てばどうなるのか、普段なら考えられたはずだ。けれど今は気が昂っているように見えた。


「――サウス・レ・トール!」


 甲高く呪文を結ぶ。無数の鱗に似た刃がイルマを襲った。イルマは小さく舌打ちすると、ステルラで器用にさばいてその刃から逃れる。ただ、すべてとは言えず、かすった脚や肩から血飛沫が舞った。


 痛みに顔をしかめたイルマのそばに、半透明の壁ができた。それはタミヤの術だった。

 彼女がいつの間に術を発動したのか、ノギも気が遠くなりかけていて気づかなかった。

 ハアハアと荒く息をするハトリの周囲を、灰となった触媒が散る。


「……ホノレス」


 タミヤは小さく、風にさらわれるような声でつぶやいた。

 イルマはハトリの術を防ぎきり、油断していた。そばに横たわっていたノギは、足を跳ね上げてイルマに蹴りかかる。その一撃を腹にまともに食らい、イルマはゲホゲホとむせ返った。

 血の滲んだ脇腹を押さえながら、ノギは立ち上がると、険しい目をしてイルマに吐き捨てる。


「相手してやるから、かかってこい」


 そんなものははったりだ。目の前が霞む。それでも、ノギは引かない。

 ほとんど気力で立っていた。


「……お前、相当イカれてるな」


 イルマが呆れたように言った。

 それ以上の言葉は、二人の間にはなかった。その中で動いたのはユラだった。


「ここまでにしましょう。イルマ、もう引いて。そうでないなら、私もあなたを許せないから」


 静かに言ったユラは落ち着いて見えた。

 けれど、本当は違う。怒りに震え、それを通り越えただけなのだ。

 ユラもノギを傷つけられて心から憤っている。それは、穏やかなようでいて、有無を言わせない言葉だった。


 ユラがそう言ったからこそ、イルマたちもここを引き際とすることができた。お互いに引けないのだから、どちらも馬鹿だと思う。

 イルマたちが去る間、誰も手出しはしなかった。

 そうして、その姿が見えなくなった瞬間を見計らったかのように、ノギはパタリと倒れた。

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