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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第5章✡

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33/88

⑤向蝶の丸の峰〈5〉

 チッとノギは軽く舌打ちをした。

 イルマは馬鹿だが、剣術の腕はそれなりである。それから、タミヤのサポートも厄介だ。


 手の中のビンをちらりと見遣り、このままでは戦えないと判断した。ビンをユラに預けようとしたが、そうするとユラが狙われることになる。

 ひどい理由でノギはハトリにビンを投げた。


「それ、死守しろ」

「え!?」


 慌てて受け止め、ハトリは胸に妃蝶の入ったビンを抱く。

 困惑した面持ちだったが、その顔は次第に締まり、強い瞳をしてうなずいた。


「うん! わかった!」


 その途端、ノギはハトリの勘違いに気づいてしまった。

 あの張りきった声は、自分を信頼して大事な依頼品を託してくれたのだと思っている。まさか、狙われるからなんて理由で託されたとは思っていない。

 どうして、あいつはこんなにも単純なんだ、とノギは少し顔を引きつらせてしまった。


 信頼なんて見せたことはない。扱いだって雑なものだ。

 なのに、めげずに前向きに生きている。


 きっと、ハトリも馬鹿だから。

 好きなように勘違いして、それで張りきるならそれでいい。

 ノギはそう結論づけてイルマに向き直った。


「またベコベコにヘコましてやる。時間の無駄だから、さっさと来いよ」


 自分よりも年上だろうと、ノギはお構いなしに凄む。イルマは冷めた目をして剣を軽く旋回させた。その軌跡に薄く光が残る。

 

 イルマの剣は『ステルラ』。星の名を冠する剣である。赤く光るさまからそう呼ばれる。

 ほのかなあの光は、イルマの魔力である。彼は魔術師ではないが、微量の魔力は有するのだ。それを上手く武力に変換するのがあの剣というわけだった。


 ただし、そうした魔力変換武具は市販されていない。一部の軍人にのみ支給されるような代物だ。

 この国には魔術に耐性のある怪物も存在しており、そうしたものの討伐の際に使用されるのだという。どういうルートで入手したのかは知らないが、どうせろくな手は使っていないだろう。


「お前、ほんっと可愛くねぇなぁ」


 女好きのイルマにノギは無価値である。斬り刻んだところで心も痛まないのだろう。ノギにとってもイルマは無価値なので、お互い様なのだが。


「ハッ。お前と()()()の好みが違って助かる。二人して迫られても困るからな」


 嘲笑うように言ったノギの一言が、飄々としていたイルマの神経を逆撫でした。


「もう死ね」


 イルマは表情をなくし、ひと言そうつぶやく。

 それを皮切りに、イルマは剣を大きく振りかぶった。その剣が放つ風そのものが刃のように輝き、ノギを襲う。ノギは全身に薄く光をまとうと、その刃を受け止めた。その体には傷ひとつつかない。

 そして、イルマが体勢を立て直す前に踏み込み、足にすべての光を集めて側面からイルマの横っ腹を蹴り上げた。


「っ!」


 とっさにイルマは剣の柄でガードしたが、それもノギの読み通りである。そのまま剣の柄を踏みつけて上に跳ぶと、今度は反対の足に光を集め、イルマの背に回し蹴りを放った。


「くたばれ!!」


 まともに食らえばただでは済まなかっただろう。けれど、イルマもまた俊敏だった。体勢を低く落とし、その一撃をかわす。宙を切った足で着地したノギを、今度はイルマの剣が襲う。ノギの輝く拳がそれを弾いた。まるで金属同士がぶつかり合ったかのような音が峰に響く。

 イルマほどにこのステルラを扱える人間はいないだろう。いかに魔力が高かろうとも体術に優れていなければ、まず振るうこともできないのだから。


 認めたくはないが、馬鹿のくせに強い。

 風が次第に強くなり、雲を押し流していく。

 明かりが降り注ぐ中、ユラが祈るような面持ちでノギを見守っている。


 そんなユラにも危険が迫っていた。タミヤがローブの裾から取り出した触媒を手にする。ノギだけでなく、ハトリもそれに気づいた。

 あれは『風蜥蜴かぜとかげの鱗』。

 龍の眷属の、翼ある中型蜥蜴。その鱗には風を呼ぶ性質がある。

 魔術は魔術師の腕やイメージする用途により形を変える。ただ、今この状態でタミヤがそれを手にするのは、攻撃のためとしか思えなかった。


 ノギの弱点はユラである。

 ノギの力がユラによるものだと二人は知らないのかもしれない。

 そうだとしても、ユラを攻撃することでノギの気をそらせるとタミヤは考えたのだろう。けれど、ノギはイルマの相手で精一杯であった。タミヤを止めるところまで行けもしなければ、ユラに力を返すこともできない。

 激しく戦いながら歯噛みする。心はどうしようもなく焦っていた。

 もしユラに何かあったら、二人とも絶対に生かして帰さない。


 その時、ハトリが先ほど採取したての鎖蔓くさりづるを取り出した。それを強く握り締める。

 タミヤの詠唱に被せるようにして唱えた。


「ウル・レテル・ソエル・ティート――」


 タミヤも優秀な魔術師だ。けれど、ハトリの方が勝っている。

 その触媒の持つルクスが、ハトリの魔力と溶け合う方が速かった。発動したハトリの術によって、地中から生えた蔓がタミヤの小さな体を絡め取る。


「!!」


 タミヤは悲鳴を上げることもなく太い蔓に拘束され、詠唱を阻まれた。口元まで覆い、しっかりと蔓が巻きついている。

 その暗い瞳が、ハトリの周囲を灰となって散る触媒の成れの果てを捉えていた。一度大きく目を見開き、そうして諦めたか、まぶたを閉じた。


「よし、一丁上がり!」


 ふぅ、とハトリはビンを片手に息をつく。

 今度ばかりは褒めてやってもいい。ノギは心の中でそう思った。

 これでイルマとの戦いに集中できる。むしろ、イルマの方が蔦に絡まったたタミヤを気にしている。隙ができた、とノギは勝利を確信した。


 けれどその時、ハトリが手にしていた妃蝶に異変が起こった。

 突然、パァッとまばゆい光を放ったのだ。


「きゃ!!」


 それは、外敵から身を守るための術であったのかもしれない。目が眩んだハトリは、とっさにビンを落としてしまった。

 割れた音はしない。草の中に落ちたのだろう。

 ただ、この場所は傾斜がある。円柱状のビンはハトリから逃げるようにして坂を転がった。


「あ! 待って!」


 ハトリは慌ててビンを追いかける。


「ハトリちゃん、駄目!!」


 ユラの悲鳴に似た声が響いた。ハトリは崖っぷちまでビンを追いかけている。普通、人間は高所で恐怖を感じるはずなのに、ハトリはまったく躊躇う様子を見せなかった。止まる気配を見せない。

 妃蝶の光で目が眩んでいるのか、視野が狭まっているのかもしれない。それ以上行けば落ちる。


「あのバカ――!!」


 ノギは思わず声を上げた。イルマの剣を弾き、背を向けて走った。

 間に合うか――。

 ハトリの体は崖から前転をするような形で投げ出されていた。

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