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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第5章✡
31/88

⑤向蝶の丸の峰〈3〉

向蝶むかいちょうの丸の峰まで行くには、まずバーント山麓まで行かないとね」


 セオの店から出てすぐ、ユラがノギとハトリに向けて言った。


「そうだな、ちょっと明日の弁当の材料だけ買って帰るか」


 山に登らなければならないのだから、それなりに体力がいる。さて、献立は何にしようか。

 ノギが弁当のおかずに頭を悩ませていると、ユラが珍しく静かに歩いているハトリに声をかけた。


「ねえ、ハトリちゃん。セオのお店に試験に使いたい触媒はあった? どんな触媒がいいの?」


 すると、ハトリは少し考えて答えた。


「うん、いいものはたくさんあったけど。でも、どれって言われるとよくわからない。手にした瞬間にこれだって思えるような波長の合うものがいいなと思うんだけど」


 魔術師ではないノギには、ハトリの言う意味がよくわからない。ただ、どことなく元気がないことだけはわかった。

 ユラはそっと微笑んだ。


「不安?」


 試験が上手くいかなければ、ハトリの前途は暗い。

 後ろ盾のないハトリの未来に対する不安は、当然のように色濃いのだろう。たくさんの触媒を目の当たりにしながらも、それらがひとつも手に入らない現実を思い知ったのだろうか。

 ハトリは苦笑する。


「不安はあるけど、でも、あたしは越えなきゃいけないの」


 すると、ユラはあたたかな声で包み込むように言った。


「じゃあ、不安を軽くできるように言うね。もし、上手く行かなかったら、ずっとここにいればいいよ。失敗したらおしまいじゃない。失敗しても、大丈夫。気持ちを楽にして」


 ――そんなわけがない。

 ずっとなんて無理だ。

 ノギは誰よりもそのことを知っている。

 ユラが言うのは気休めだ。

 けれど、ハトリの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ありがとう、ユラ……」


             ☆  ★  ☆  


 その翌朝、向蝶の丸の峰に向かうべく、ノギたちは表に出た。

 峰はこの場所から見ることができる。東に聳えるバーント山の頂。雲に隠れた、ほのかに青いあの場所。


翼石ウィングラピスで行けるのは麓までだ。登山だ、登山」


 登山なんて体力が要る上に時間のかかることを好んでしたいはずもない。ユラにまでそんなことをさせなければならないのだから、当然ノギの機嫌は悪い。しかし、弁当作りには精を出した。これだけは譲れない。


「山で食べるお弁当が楽しみ!」


 ユラがはしゃいでいる。ピクニックではないのだが、ユラが楽しいならそれでいい。

 そして、ユラと手を繋ぐと、ノギは無言でハトリに手を差し出した。翼石ウィングラピスを所持しているのはノギなので、どこかで繋がっていなければ効果が及ばない。


 ハトリは、仏頂面のノギの手を取った。ユラほどに繊細ではないけれど、細く柔らかな手だ。

 ノギは、そんなハトリの手を握り潰すようにつかむ。

 その途端、ハトリが少し顔をしかめた。もしかして、痛かったのだろうか。

 いや、ユラの力を借りてもいない状態である。大した力は込めたつもりがない。

 大体、痛いなら痛いと言うだろう。ノギはあまり気にせずに翼石ウィングラピスの力を使って飛んだ。



 夏山は強い日差しの降り注ぐ場所だった。

 木漏れ日がキラキラと輝き、その緑の鮮やかさは見る者の目を楽しませる。

 ユラとハトリは楽しげにキャッキャと騒いでいた。ノギは自然に興味もなく、淡々と登るだけである。


 二人の前を歩くノギは、二人の楽しげな声を聞きながらひたすら進んだ。

 ユラが楽しそうなので、ノギにはそれでいい。

 大して役に立っているとも言いがたいハトリだが、ユラが気に入っている。そばにいると嬉しそうに笑う。だから、以前ほどその存在を疎ましくは思わなくなった。


 ユラは寂しかったのだろうか。

 男のノギだけでは、どうしても埋められないこともある。

 こうして楽しげな笑い声を聞けるのは、不本意だけれどハトリのおかげなのだろうか。


 ほんの一時、こうして時間を共有している。しばらくすれば、またハトリも自らの都合で離れていく。

 そんなのは当たり前のことだ。そうでなければならない。

 ただ、ユラはこの時期のことをきっといつまでも忘れないのではないだろうか――。


「あ! 蝶がいるよ! あれっ……ああ、違うよね?」


 明るい声でハトリが言う。


「あれは紋蝶もんちょう。どこにでもいるよ。ルクスとか感じないでしょ?」


 クスクスと、ユラが笑った。その笑顔は、ノギが見惚れるほど綺麗だった。


「ああ、ほんとだ」


 笑い合う二人の声を聞きながら、ノギは背を向けたまま穏やかな心地になった。



 そうして、峰が近づくにつれ、二人の口数は減った。女子の体力だ。慣れない登山に膝が笑っている。

 峰へ突入する直前の開けた場所で食事を取ることにした。

 バスケットの中には色とりどりの巾着がある。巾着は、麦の粉に野菜や香辛料を加えて着色して焼いたものだ。そこに、さらに卵や根菜類、燻製などを細かく刻んで味つけし、包み込んだ。中の具が見えるように計算して包んであるため、見るからに美味しそうである。


 凍らせて持ってきた果実茶がほどよく溶けて三人ののどを潤す。

 作る手間はあったものの、食べやすさを考えた食事は、あっという間に終えたけれど、それでも三人の体力は回復した。


 特にユラは食事を取ると、何事もなかったかのように元気になった。この山の空気が澄んでいることも、ユラには幸いだったのだろう。

 

 憩いの時間を終え、三人はついに峰へと踏み入る。

 そこは、表現するならば神域だった。

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