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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第1章✡
3/88

①雲立涌の丘〈2〉

 雲立涌くもたてわきの丘は、外海に面した帝国の北東である。ノギとユラの住む七宝の森付近からは船で北上すればいい。

 陸続きなので歩いていけないこともないのだが、歩いて行く場合、三倍もの日数がかかる。その間、他の仕事を請けた方が効率的だ。


 金を貯め込もうとしているノギたちにとって高い乗船料金は痛いけれど、ここは大人しく船を使った方が結果としてはいいだろう。

 首尾よく依頼品を入手できた場合、交通費も上乗せして請求してみるつもりではあった。


 浮世離れした風貌に違わず、やはり世間知らずなユラを守るため、ノギにはしっかりとした経済観念が必要だった。物心ついた頃には家計を握っていた。

 要約すると、かなりがめついのである。



 そうしてノギたちは船旅を予約し、帝国北のウィスタリアという港町に向けて乗船した。

 白い大型船舶の甲板にて、二人は風を感じながらへりに佇む。


「ねえ、ノギ、流氷の上を見て。氷獣の子供がいる」


 氷のように光る熊の子供を指差しながらユラは笑った。ダッフルコートにイヤーマフラーとピンクのミトン、そんなモコモコの姿が可愛い。

 北は寒さが厳しいから、風邪をひかないといいけれど、とノギはそんなユラを優しく見守る。

 

「氷獣の親も近くにいるんだろうな」

「そうね。餌でも探しているんじゃないかしら」


 ほのぼのとした時間が流れる。

 目的さえ忘れてしまえば、二人で旅行をしているような気分だった。ノギはユラといられたならば、どこにいたって幸せであるのだけれど。


 船旅は約二日間。途中、怪物に襲われることもなく、順調な船旅だった。

 もし仮に怪物が出たとしても、その辺りの対処はしっかりとできる会社の船を選んだつもりなのだが。

 自分で退治するという選択肢は、ノギにはない。仕事前の移動中に戦闘なんてもってのほか、時間外労働である。


 ちなみに、こうした船の動力も魔術による。燃料に高ルクスの触媒を使用し、腕の良い魔術師がついていてこその快適さだ。さすが、値段は正直と言える。


「ユラ、もう少しでウィスタリアに着く。下船の準備をしよう」

「うん」


 船を降りる際、すれ違う人々はユラを見てはささやき合う。人目を惹く麗しさなのだから無理もないと思うけれど、ノギはいい気がしない。あまりユラを人目にはさらしたくないというのが本音である。

 ユラは、ノギだけのユラであってほしいと思うばかりではなく、そこにはもうひとつの理由があるのだが――。


「段差があるから気をつけて」


 ノギが手を差し伸べると、ユラがそっとそれにつかまる。そうして、二人は港町ウィスタリアの波止場に下り立った。


               ☆  ★  ☆  


 町で食料を調達しようとするけれど、正直なところ、美味しそうだと思える店にはめぐり合えなかった。海産物は豊富なのだが、野菜が少ない。これではユラの栄養が偏ってしまう。

 けれど――。


「ノギが作ってくれるご飯ほど美味しいものを探したって見つからないわ。ここでいいと思う」


 ユラがそう言ってくれただけで、ノギは上機嫌でごく普通のパン屋に足を向けるのだった。


 二人の荷物は最低限度の着替えくらいである。触媒採取に出向くとは思えないような少量の荷物だ。怪物や獣も生息する場所であろうとも、ノギたちにはこれで十分なのだ。

 物々しい装備や武器など要らない。

 これがノギたちのスタイルである。


 二人で四人分のパン。渦巻きパンに三日月パン、芋パンに豆パン――たくさんだ。

 金は使いたくないけれど、ノギは食費だけは節約しない。食事を削っても、心は寂しく、体は弱る。いいことなんかひとつもない。


「さて、じゃあ行こうか」


 たくさんのパンをリュックに押し込み、パンで膨らんだリュックを背負いながらノギはユラに微笑んだ。



 雲立涌の丘に最も近い町はここウィスタリアである。けれど、ここから徒歩で丘に向かうのは少々遠い。

 そこでノギは低価格の『翼石ウィングラピス』を購入した。藍色をした濁りのある平たい石である。そこには簡単な文様が刻まれている。表は行き、裏は帰り。

 程度は知れているが、この石を持つ者の移動を助けてくれる。


 この程度の安物ならば、往復で使えばそれで終わりだ。もっと高価なものだと距離と使用回数が違う。良質なものであれば帝国中を縦横無尽に飛び回れる。そんなものを使える人間はごく僅かであるけれど。


 こうした魔術関連のアイテムは合法的に市販されており、魔術師でなくとも使用できるように工夫されている。もっとも、製造できるのは学業を修めた高位の魔術師だけであるが。

 ただ、こうしたアイテムの使用にはいくつかの決まりごとがあった。法律というやつである。


 町中では、『使用ポート』と呼ばれる決まった地点からしか飛んではいけないのだ。外に出ればどこででも使用可能なのだが。

 急に人が現れたり消えたりすることで、町の中に混乱が生じる。老人が心臓発作を起こした例が過去に数件あったためだとか。


 ポートはそうした『急に人が現れる場所』だという認識があるため、突如人が消えても現れても誰も驚かない。人間、心構えさえあれば平気なものなのだろう。ちなみに、この決まりを破れば罰金、罰則が科せられる。


 ポートとは、公園の中央にある大きな円陣だった。

 よくわからない模様。魔術師ならば読めるのかもしれないけれど、ノギにはただそれだけのものだ。

 ノギはその場所でユラと手を繋ぎ、その翼石を懐に所持し、目的地を念じる。すると、翼石ウィングラピスからサラサラと砂のような光の粉が舞い出した。その光は二人の体を包み込む。二人の姿が完全に光に覆われると、光ははじけ飛んだ。そこにはもう、二人の姿はない。

 二人はすでに雲立涌の丘にいた。

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