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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第4章✡

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④亀甲の泉〈6〉

 ザザザ、と控えめな波の音がする。

 ぬるい風が肌を撫でる。潮の匂いも、すべてが外海に比べて薄いような気がした。


 ノギは、その砂浜の上で内海を睨みつけるように佇んでいた。ハトリは、亀甲の泉がどこにあるのか、好奇心旺盛に辺りを見回している。

 けれど、この地点は何の変哲もない浜だった。先月訪れた青海波の浜のように危険な場所ではなく、むしろ穏やかだったけれど、本当にそれだけだ。


「ユラ、本当にここで――」


 そう問いかけたノギは、顔を向けた先でハッと息を飲んだ。

 ユラはおもむろにノギたちの方へ振り返る。それは、いつもの姿ではなかった。


 神秘の凝縮された、何人なんぴとたりとも触れがたい空気を放つ美女がそこにいた。

 風に遊ばせた長い髪が、淡く陽に透ける。ユラが持つ宝石のような煌きは、普段の何倍もの光を放っていた。

 先ほどまでノギよりも低かった背が、今では同じ目線である。細身だった体も、成熟した女性の丸みを帯びていた。


 その姿に、ノギはただぼうっと見惚れてしまった。

 それはハトリも同じだった。その美しさに陶然としていたけれど、ノギよりもほんの少し立ち直りが早かった。そうして、我に返ると口を開く。


「え、あ、あの、ユラ……なの?」


 自分と同じ年頃であったユラが、今では大人の女性である。この異常さに、驚かないはずがない。


 ユラは場の持つ力に影響されやすいのだ。場と相性が悪ければ小さな子供ほどに縮んでしまうこともある。その逆で、この季節のこの場所は、ユラにとって力を発揮できる最良の場であるのだろう。こんなにも力がみなぎっているユラを見るのは久し振りのことだった。

 大人の姿をしたユラは、嫣然と微笑む。その微笑は、セオのように色香を振り撒くものではなく、触れがたいほどに清らかで、見る者を魅了する。


「そうよ。驚かせてごめんなさいね。私は、あなたたちとは少しだけ違う人種なの」


 こうした姿を見せてしまった以上、ハトリに対して取り繕うことはできない。ノギは覚悟した。

 ここで、ハトリならどのようにしてユラを利用しようとするだろうかと考えた。高ルクスの触媒を手にするため、手段など選ばないはずだから。

 どの道、ノギはユラを護るために存在する。ノギ自身がそう決めたのだ。

 だから、敵が誰であろうと排斥するだけの覚悟はある。数日共に過ごしたハトリであっても、それは変わりない。


 ただ、ハトリが口にした言葉は、


「あ、そうなんだ?」


 それだけである。

 それに対するユラもあっさりとしていた。


「うん。じゃあ、ちょっと待っててね。今()()()()から」


 言葉を失くし唖然とするノギを放置して、ユラは海に向かい繊細な手を伸ばしながら、足を水に浸して耳慣れない言葉を唱える。その声は伸びやかで美しかった。


「――八千代やちよを過ごせし聖なるまほら。願わくは、我が呼び声を聞き届け給え」


 穏やかであったはずの海が揺れる。

 波が、盛り上がるようにして大きく膨れ上がった。

 それでも、ユラはその影響をまるで受けない。体の周囲にまとった光がユラを護っている。

 ズン、と浜も揺れた。

 足もとに響く重たい振動に、ノギは腰を低く落として耐えたけれど、隣にいたハトリは悲鳴を上げて転んだ。


 こちらを飲み込むほどの高波――そう思ったのも束の間で、その波はすぐに割れて散った。それは、波ではなかった。海の中からひとつの小さな島が顔を出したのだ。

 苔なのか草なのか、とにかく光り輝く緑を背負った島。

 島は巨大な亀であったのだと、その首を見た瞬間に気づかされる。海面より伸ばした皺だらけの岩に似た首に、しょぼしょぼとした目が申し訳程度についていた。

 ユラはその巨体に麗しく微笑む。


「お休みのところ、ごめんなさい。あなたの背の水晶蓮の花を分けて頂きたいのだけれど、お邪魔してもよろしいかしら?」


 皺に埋もれた目をした島亀は、地鳴りのような音波でそれに答える。


太古の民(ルーディニフリウス)か。実に久しい。うむ、好きにせよ』

「ありがとうございます」


 そうして、ユラはノギとハトリを振り返った。


「お言葉に甘えてお邪魔してくるね」

「あ、ああ」


 ノギはやっとのことでうなずく。ハトリはまだこけた時の体勢のままだった。あまりのことに、起き上がるのを忘れてしまっている。

 それでも、ハトリは小さくつぶやいた。


太古の民(ルーディニフリウス)……」


 ノギはハトリを睨みつける。けれど、ハトリの視線はひたすらユラに注がれていている。ノギの形相になど気づきもしない。

 そんなハトリに、ノギは吐き捨てる。


「ユラに害をなすやつは、全部俺の敵だ」


 その一言でハトリをけん制したつもりだった。ユラを利用することは許さない、と。

 ハトリはその言葉を受け流すようにして冷静に立ち上がった。

 そして、言う。


「うん。人と違うって、それだけで生きにくいものよね」


 利用しようとするか、恐れて迫害しようとするか。

 ハトリは、それを十分に知っているとでも言いたげな口振りだった。

 自分を睨みつけるノギさえも安心させようとするのか、そっと微笑んだ。


「でも、人と違ったとしても、ユラはユラだから。家に帰ることもできなくて、心細くて途方に暮れていたあたしに手を差し伸べてくれたユラだから。あたしはユラに感謝してる。例え、どんな違いがあったとしても」


 ノギはほんの少し、ほんの少しだけ、心の片隅でハトリを認めた。

 ものの本質を、大切なことを、惑わされることなく見ることができるのか、と。


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