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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第3章✡
21/88

③青海波の浜〈7〉

 ユラに敵わないノギは、渋々ハトリをつれて自宅に戻った。

 しかも、風呂の優先順位がハトリの方が先だった。


「ハトリちゃんが先。女の子はか弱いの」


 ニコ、とユラは笑顔を保ちつつも、有無を言わせない力強さで言った。ノギは春とはいえ、まだ海水浴には早すぎる気温の中、びしょ濡れでくしゃみを連発して待つのだった。


 ハトリはユラのものであるフリルのついたワンピースに着替えて戻った。ユラが着れば素晴らしく似合うけれど、ハトリには少し丈が短い。しかも、そうした可愛らしい恰好に慣れていないのか、照れ臭そうにしていた。


「お風呂、ありがとう」


 しおらしく礼を言ってきたハトリを無視してノギは風呂へ直行した。

 ただただ腹立たしい。冷え切った体を湯船であたためながら、ノギは一人、はけ口のない憤りを抱えてもがいていた。


 ようやく風呂から上がると、リビングでは女子二人がキャッキャと楽しそうに話している。それがまた苛つく。

 ムスッとしたまま二人のそばを通り過ぎて外へ出ようとすると、ユラも察して立ち上がった。

 そんな二人に、ハトリはおずおずと訊ねる。


「出かけるの?」


 ノギは無言でハトリを睨んだ。今の状態では言い返すこともできないのか、ハトリはただ言葉に詰まる。それを庇うようにユラが言った。


「バーガンディの町の触媒仲買人(ブローカー)セオの店までよ。目当てのものは手に入らなかったけど、依頼があった以上はちゃんと報告に行かなくちゃね」

「あ、あたしも一緒に行っていい?」


 何故わざわざ連れていってもらえると思うのだ。ノギはさらに険しい目つきでハトリを睨んだ。けれど、ハトリはたじろぎはしたものの、引かない。そうしていると、ユラがまたハトリを庇う。


「いいでしょ、ノギ?」


 ユラは随分とハトリが気に入ったようだ。何がそんなにいいのかさっぱりわからないけれど。

 しかし、実際のところ、留守番に残していけるほど、ノギはハトリを信用していない。外に連れていった方がまだマシだ。


「わかった」


 短く、舌打ちを交えて返事をする。ハトリはそんな理由で連れていってもらえるとは知らず、ほっとした様子を見せた。



 そして、翼石ウィングラピスを使い、三人はセオの店までやってきた。辺りはすでに薄暗い。

 今日は、食事もまともに摂れていない。随分、疲れがたまった。疲労で体中がだるい。

 けれど、こればかりは後回しにできないのだ。


 バン、と勢いよく店の扉を開くと、カウンターの奥にセオがいた。こちらに背を向けていたけれど、その音に振り返る。赤い唇でセオは妖艶に微笑んだ。

 ノギの後ろにユラともう一人、ハトリの姿を認めると、セオは珍しく眉間に皺を寄せた。


「ユラの他に連れがいるなんて、珍しいこともあるものね。しかも、女の子……」

「別に。そいつはただの行きずりで、俺たちとは関係ない」


 心底憎らしげに吐き捨てる。そんなノギの様子に、その言葉に嘘がないことを察したのだろう。セオは再び笑顔を作る。


「で、どうなの? 泡真珠は良質なものが採れた?」


 ノギは無言でスタスタとセオの前まで歩み寄る。そうして、表情を消して言った。


「いや。採取できなかった」

「え?」


 一瞬、セオはきょとんとした。それから、その言葉の意味を噛み締めると厳しい面持ちになる。


「……そう。そうね。あれは確実にこなせる仕事じゃなかったかもしれないわ。仕方がないわね。報酬は出せないけれど、お疲れ様」


 言葉は優しいけれど、表情はどこか冷ややかだった。

 仕方がない――そう言われたことが、ノギには逆にこたえる。

 腕がいいと信じて任せてもらった仕事だから。できなかった以上、どんな言い訳も意味がない。

 ノギの沈んだ気持ちが顔に出ていたのだろう。セオはわざと明るい声を出した。


「アタシ、おかげで依頼人に謝りに行かなくちゃいけないのよねぇ」

「ぐ……」


 何も言えなかった。

 セオはさらにニヤニヤと笑う。


「あら、悪かったって思うの? じゃあ、おねえさんのほっぺにチューでもしてくれる?」


 あはは、と声を立てて笑うセオに、ノギはすわった目を向けた。背後にいたハトリなどは、間違いなくノギが暴言を吐くと思ったことだろう。

 しかし、ノギは無言でカウンターに腰を下ろすと、手を伸ばしてセオの肩を引き寄せ、その頬にキスをする。ひどく嫌々、渋々であることは見て取れる動きだったけれど。

 屈辱の表情を浮かべるノギに、セオは柔らかく微笑んだ。


「アンタのそういうところが好きよ」

「ふざけんな」


 ケッと吐き捨てる。けれど、ノギにとって今回のことは完全に自分の落ち度である。

 仕事をこなせなかった以上、好き放題振る舞うわけにはいかなかった。文句も言えないような仕事をしてこそだと、そのことだけはわかっている。


 まだ大人とはいえない年齢かもしれない。それでも、プライドは持って生きている。

 だからこそ譲れないことだった。


             ☆  ★  ☆  


 そうして、セオの店を後にした三人はバーガンディの町の翼石ウィングラピス使用ポートまで歩く。その手前まで来ると、ノギはハトリに向かって言った。


「……ところで、いつまでついてくるつもりだ?」


 そのひと言に、ハトリがギクリとした。


「え、だって……」


 ごにょごにょ、とハトリは言葉を濁す。そんな彼女に、ノギはさらに苛ついた。

 それを察したユラが間に入る。


「ハトリちゃん、おうちに帰れないのよ? 仕方ないでしょ」

「仕方ないって、じゃあどうするんだ?」


 すると、ユラはにっこりと微笑む。


「うん。しばらくうちに住んだらいいんじゃない?」

「は?」


 ノギはあんぐりと口を開けた。開いた口が塞がらなかった。


「ハトリちゃんは休学中の学生さんで、卒業試験に必要な触媒を探してるんだって。だから、私たちと一緒に働きたいのよ。ね、いいでしょ?」

「いいわけないだろ!!」


 ポート前でノギは思わず大声を出した。何人かの人が驚いてこちらを見る。

 そんな中、ユラはハトリの腕をギュッと抱き込んだ。


「ハトリちゃんは優秀な魔術師だもん。きっと頼りになるよ」


 ハトリもユラの援護を受けて調子に乗ったらしく、慌てて口を開いた。


「うん、お願い! バイト代だってご飯食べられて、試験に必要な触媒をひとつだけ入手できたらそれでいいから!」


 ノギはひとつ息をつき、ユラの肩にそっと手を乗せて優しく言った。


「ユラ」

「うん」

「この前、猫飼いたいって言ってたよな?」

「え? うん」

「猫飼おう。だから、そいつは拾っちゃ駄目だ。最後まで世話できないだろ?」

「あたし、ペットじゃないもん!!」


 ガン、とショックを受けたハトリに、ノギは吐き捨てる。


「うっさい!」

「ひどい!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人に、ユラは一人冷静に言った。


「さあ、帰ろうか?」



 結局、意地で離れなかったハトリは、ユラという強い味方を得てノギたちの自宅までくっついて戻ったのである。ユラがテーブルの前に椅子を一脚足し、そこにハトリを座らせた。

 そんなハトリをノギが上から見下ろす。


「おい、お前!」

「ハトリ! そう名乗ったでしょ!」

「そんなことはどうでもいい」

「どうでもいいって、人様の名前をどうでもいいって……」


 ハトリはブツブツとつぶやいていたけれど、ノギは無視した。

 テーブルにドン、と器を置く。ざらつく質感の、味のある器だ。その中に三角形のものが入っている。浜で食べられなかったおにぎりだ。表面を炙り、こんがりと焼いた。


「何これ?」


 ハトリは初めて目にしたらしく、不思議そうに首をかしげた。


「おにぎり。残り物だけど、それでも十分美味しいよ」


 と、ユラがハトリに説明した。ハトリはそれでも味の想像がつかないようだ。難しい顔をしている。


「さすがに今日は改めて作ってられない。ごめんな、ユラ」


 本来であれば、泡真珠を首尾よく手に入れ、その報酬でささやかな贅沢をしたかった。美味しい料理を作ってユラに食べてもらいたかった。それが残念だ。

 ハトリに関しては残り物で十分だが。


「ううん。私、これ大好きよ」


 可愛らしく笑うユラの前には、てんこ盛りのおにぎりがある。この段階で、それらがすべてユラの分であるとハトリが気づけたはずもない。

 ノギは透明に近い液体を、急須でおにぎりにかけた。これは茶ではなく出汁である。途端に湯気が立ち込める。


「いただきます」


 ユラはおにぎりの三角形を木のスプーンでほぐしながら幸せそうに食べ始めた。


「い、いただきます」


 ハトリは恐る恐るひと口、崩したおにぎりを口に含んだ。スプーンを加えたまま、んん? と唸っている。そうして、おにぎりを飲み込むと、大きな目で瞬く。


「何これ、美味しい!!」


 感動しているのか、声が甲高い。けれど、ノギはまさかと思った。おにぎりくらいで感動するやつがどこにいるんだと。

 もし本気だとするなら、ハトリの食生活は相当に貧しい。

 ユラが嬉しそうにうなずく。


「うん、ノギは料理上手なの」


 そこでハトリはハッとした。これを作ったのがノギだと今気づいたのかもしれない。


「ふ、ふぅん。人間、ひとつくらい特技ってあるよね」


 ぼそっと余計なひと言をつけ足した。けれど、ノギは怒る気にならなかった。

 美味しいと、そう言った言葉に嘘はないように思えたから。

 思えば、ユラ以外に料理を振る舞ったのは初めてのことなのだ。顔はムスッとしている風に見えるだろうけれど、ほんの少しだけおにぎりを食べて顔を輝かせたハトリの素直な表情が嫌ではなかった。

 ユラはもしかするとそんなノギの変化を見透かしていた。優しく笑っている。

 ノギは唐突に切り出す。


「――で、本気なんだろうな?」

「え?」

「本気で、俺に雇われるつもりなんだな?」

「う……うん」


 ハトリは緊張した様子でうなずく。ノギはひとつ嘆息した。


「わかった」

「え?」


 ハトリは耳を疑っているようだった。失礼な、と思うけれど、ノギはやはりノギらしく言った。


「その代わり、俺に逆らうな」

「…………」


 ハトリは絶句していたけれど、異を唱えなかった。家に帰れない以上、すでに逆らえない力関係が成立している。

 隣でユラが嬉しそうにはしゃいでいた。


「やった。よかったね、ハトリちゃん! じゃあ、ハトリちゃんのお部屋作らなきゃ」


 ユラの言葉にノギは顔をしかめた。


「部屋? その辺に転がしておけばいいだろ?」


 正直に言うと、リビングのソファーでいいのではないかと思った。しかし、ユラはそんなノギを窘めるように少しだけ厳しい顔をした。


「駄目よ。女の子だもん。ひと部屋空いてるでしょ。()()()でいいじゃない」


 あそこ。

 ノギがギクリとしたのを、ユラはちゃんとわかっている。だったらもう、ノギが言うことはない。


「ユラがそう言うなら」


 そうとしか答えられなかった。



 そうして、食後にハトリを通した部屋は、グレーが基調の落ち着いた部屋だ。

 大きめのベッドと、勉強がはかどりそうな木製の机と椅子。背の高い本棚。無駄のないその部屋は長年使われていなかった。それでも、こまめに手入れはしていた。

 空き部屋ではある。

 ハトリは部屋の中に一歩踏み込んだ後、ノギを振り返った。


「ここは誰の部屋?」


 ノギにもユラにも似合わない部屋だと思ったのかもしれない。事実、どちらの部屋でもない。

 もう一人の家族の部屋である。ユラはノギの隣で懐かしそうに遠い目をした。

 ノギは戸口にもたれかかったまま、ぼそりと答えた。


「俺の――」


 一度切った言葉の先をハトリは静かに待つ。


「父親の部屋」


 ノギとユラの、もう一人の家族――。


          【 第3章 ―了― 】


 以上で第3章終了です。

 お付き合い頂き、ありがとうございました。

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