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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第3章✡
20/88

③青海波の浜〈6〉

 緑銀の鱗を持った龍魚は、水飛沫を盛大に上げて海面から跳ねた。ノギはその背で素早く息をする。


「サウリクティス!」


 ハトリの甲高い声がした。

 魔術師であるから、それなりに物を知っているようだ。触媒にもなり得るが、獰猛な魚だ。


 暴れるサウリクティスの背びれに、ノギはしっかりとつかまっている。今はまだ振り落とされたくはない。

 サウリクティスの背で風を受けながら、ノギはその光を足もとに集中させた。緑銀の鱗の背を蹴り、高く飛び上がる。


「ユラ!」


 浜に向けて呼びかけると、今度は光を手に集中させ、ノギは上空から手にしたものをユラの方に投げて寄越した。ユラはうなずいただけで、特に動くことはなかった。ノギは、ユラに当たるような投げ方はしない。

 ロープで束ねた床貝は回転しながら砂に埋まって止まった。


 ノギは再び海に落下する前に光を全身にまとってから潜った。ノギが海に潜ると、サウリクティスは大きな口をいっぱいに開け、ノギを飲み込もうと迫ってきた。

 ノギはとっさに岩場に隠れる。岩を噛み砕く魚の歯を目の当たりに、ノギは少しもヒヤリとしなかったとは言えない。早く浜へ上がらなければ、体力が落ちたらかわせなくなる。


 第二撃が来た。今度は尾びれが岩場を薙ぎ払う。直接当たりはしなかったけれど、その衝撃でノギの体が水の中で浮き上がった。ノギは思いきってサウリクティスの背びれに再びつかまる。

 このまま次に海面から顔を出した時こそケリをつけたい。

 ノギが望んだ通り、サウリクティスは再びノギを振り落とそうと暴れ、海面から飛び上った。空が見えてノギがほっとしたのも束の間――


「ウル・レテル・ソエル・サデス――」


 魔術の詠唱が聞こえた。

 けれど、さすがにノギもサウリクティスに気を取られて振り向けなかった。


「――ゼ・リート・アドラ!」


 ヴァン、と弾けるような音が鳴った。二つの白銀の刃となった術は、左右からサウリクティスの首を挟み撃ちにした。


「うわ!!」


 ノギの声が波音の合間に響く。術の巻き添えにはならなかったものの、ノギのまとっていたユラの力が消えた。集中が途切れてしまったのだ。

 まずいと思った時にはすでに遅く、ノギはただの非力な少年に戻っていた。サウリクティスの背から滑り落ち、海へ転落する。


 サウリクティスの鱗は硬く、あの程度の魔術で首を切断するほどの威力はない。使用した触媒が大したものではなかったのだろう。

 それでも、ある程度のダメージはあったようだ。青い血をにじませ、サウリクティスは水柱を上げて逃走する。ユラの力を借りていないノギは、それに巻き込まれないように必死で泳いだ。サウリクティスは最早ノギのことなど忘れたようで助かった。遠目に、激しくのた打ち回る姿が見えた。



 ほどなくして、バシャバシャと水音を立て、ノギは泳いで浜に戻った。ゼエゼエと荒く息をしながら海水を滴らせて海から上がる。尋常ではない疲れを感じる。ここまで疲れたのはいつ振りだろうか。


「だ、大丈夫? 浜で拾った白夜貝しか触媒がないし、あんまり強い魔術も使えなかったから、追い払うのが精一杯だったんだけど……」


 ハトリがうつむいていたノギにそう言った。つまり、ノギの集中を途切れさせた魔術は、ハトリの仕業である。あれがなければ、ノギはサウリクティスを退け、さらに床貝をもう少し見つけられたかもしれない。


 あれがノギを心配してのお節介であったとして、そんなものはノギの足を引っ張っただけに過ぎない。頼んでもいないことをやって、それで恩を着せようとするのか。腹立たしさが沸々と湧いてきた。

 ノギは唐突にハトリの腕をつかむ。


「ひっ!」


 びちゃり、と濡れた手の感触にハトリが悲鳴を上げた。ただ、その次の瞬間には、そのノギの手は光をまとい、ハトリの体を軽々と持ち上げていた。頭上高く持ち上げてやった。


「だ、駄目だってば!」


 慌てて止めたユラの声が空しく響く。


「キャ――!!」


 叫び声を上げたハトリを、ノギは容赦なく海の中へ放り投げた。ガボガボと泡を吐いて海水を飲み、ハトリはやっとの思いで海上に顔を出す。

 海に浸かったままハトリがむせ返っていると、波がぐいぐいとその後ろ頭を押した。


「な、なんてことすんのよ!!」

「それはこっちのセリフだ! お前は俺を殺す気か!!」

「何それ!? あんたには当てなかったじゃない!」

「うるさい! お前のせいで集中が切れた!!」

「はぁ!?」


 びしょ濡れで怒鳴り合う二人を止めるべく、ユラは深々と嘆息するとノギに言った。


「……ねえ、ノギ、床貝開けてみよう?」


 そこでノギはようやく冷静になれた。本来の目的を思い出した。


「ん? ああ、そうだな。……でも、あの魚に半分以上持ってかれたし、三匹じゃあな、望み薄かも」


 そう言って、深々とため息をつく。

 そんな隙に、ハトリは海から上がってきた。服や髪を絞る。ノギはそれを無視して床貝を撫でた。

 ノギは両手にユラの力をまとい、床貝を素手でこじ開けた。メキ、と貝の割れる音がする。その怪力にハトリがギョッとしていた。


「チッ、ハズレか」


 舌打ちすると、ノギは『ハズレ』の床貝を海に放り投げる。そうして、もうひとつもこじ開けた。


「…………」


 今度は無言で放り投げる。

 そして――。

 三匹目の床貝を開いたノギは、自分でも顔が強張っていると自覚した。勢い余って、そのままバリ、と貝の縁を握り潰す。


「そんなこともあるよ?」


 ユラがそっと慰めるようなことを言った。けれど、それでは駄目なのだ。


「もう一回行ってくる」


 再び立ち上がったノギの腕をユラは両手でつかんだ。そうして、緩くかぶりを振る。


「駄目よ。今日はもう疲れてるんだから。無理しちゃいけないわ」

「でも――!」

「納期、延ばしてもらえるかわからないけど、仕方ないじゃない。ノギにまで何かあったら、私……」


 悲しげな表情を浮かべたユラにそう言われては、ノギは何も言い返せなかった。


「わかったよ」

「うん。とにかく、今日はもう帰ろう」


 うなずくしかなかった。自分の無力さが悲しくて、やるせない。

 そんなノギの心境に、ハトリの大声が割って入った。


「うわぁ――っ!!!」


 慌てて腰のポシェットを探っている。ずぶ濡れのポシェットだ。ハトリはあそこから触媒を取り出していた。貴重品はすべてあそこに入れているのだろう。


「ない!! 翼石ウィングラピスがない!!」

「ええ!」


 ユラはハトリと一緒に慌てた。しかし、ノギはどうでもよかった。

 海の中だとするのなら、探し出せるはずもない。あれがなければ帰れないだろう。

 しかし、そんなものは自業自得だ。勝手についてきたハトリが悪い。

 ユラはそれでもハトリに駆け寄った。


「ハトリちゃん、おうちどこ?」

「……ヘリオトロープとウィスタリアの間にあるモーブ村」


 今にも泣き出しそうな顔でハトリは答える。

 ライシン帝国の首都ヘリオトロープと北にある港町ウィスタリアの間。

 ノギたちの家からそこへ向かうには、船などの交通手段を使うと何日もかかる。ちなみに、その距離を飛べる翼石ウィングラピスを購入するなら、結構な金額だ。


「遠っ! 金なんて貸さないからな」


 ノギは自分が悪いなんてこれっぽっちも思っていない。だから、言葉も冷ややかだ。

 けれど、そんなノギにユラが声をかけた。


「ノギ」


 声のトーンが一段低かった。

 ノギはギクリとして姿勢を正す。


「な、何?」

「い・い・か・げ・ん・に――」


 笑顔が逆に怖い。その白い肌に青筋が浮いていた。

 そして、


「しなさい!!!」


 ユラが大声を張り上げた。ノギは飛び上がりそうなくらいに体を震わせた。ユラがここまで怒ったことが今までに何度あっただろうか。数えるほどしかない。

 ユラは慌てるノギにたたみかけた。


「せめて女の子には優しくしなさい! 困っているの、わかるでしょ! どうしてそんな冷たいこと言うの!!」

「え、いや、だって……」

「だってじゃない!」

「でも、ユラが――」

「私? 私のため? じゃあ、私の好きにするけど、それでいいわね?」

「……はい」


 しょんぼりと返事をするしかなかった。

 そんなノギを見て、ハトリは少し溜飲が下がったのかもしれない。寒さに震えながらも、目が僅かに笑っている。

 ユラは、よし、と腰に手を当ててうなずいた。


「じゃあ、ハトリちゃん、とりあえず私たちと一緒に帰りましょう。お風呂に入らないと風邪ひいちゃうから」

「あ、ありがとう」


 ノギはユラにばれないようにこっそりと顔をしかめた。

 ユラにこんなにも叱られてしまったのは、ハトリのせいだと。

 えーと……良い子の皆様は……m(_ _)m


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