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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第1章✡
2/88

①雲立涌の丘〈1〉





 三日月の形をした国土を持つ、ライシン帝国の南――。

 その場所には、国土の八分の一を占める、何者をも拒絶するような深い森があった。


 『七宝しっぽうの森』。


 そう呼ばれる森のそばの原っぱには、小さな赤い屋根の一軒屋があった。森以外に何もない、そんな場所に住みたがる者などそうそういないに違いない。

 柵に囲まれたその家には、それでも確かに人の気配がある。



 季節は冬の終わり。一年の締めくくりである鉄黒てつぐろの月。

 その半ばに差しかかり、雪も微かに残るのみである。

 寒いその朝、あたたかな煙が煙突から上っていた。

 小さな家であるけれど、厨房は広い。そこに重点を置いた造りだった。


 そんな、朝日が差し込む窓辺にて、トントントンと小気味良い音が響く。

 慣れた手つきで軽快に包丁を動かしているのは、一人の少年である。

 一見すると線が細く、中性的な印象を周りに与える。長くも短くもない、色素の薄い艶やかな髪が少年の動きに合わせてサラリと揺れた。年齢は十代半ば程度で、顔立ちは優しく整っていると言える。左耳の紅い雫のようなピアスが髪の間から覗いた。


 その少年は微笑を浮かべながら朝食作りに没頭していた。

 それもそのはずで、彼の作る食事は最愛の人に食べてもらうためのものである。だから、自然と顔がほころぶのだった。


「よし、できた!」


 焼き物の香ばしい匂いの中、少年は白無地のエプロンを脱ぎ捨てて廊下に出た。軽い足取りで一室へ向かい、扉をそっとノックする。


「おはよう、ユラ」


 返事も待たずに少年は扉を開ける。鍵はかかっておらず、その必要もない。

 お互いの間にはなんの遠慮もないのだから。

 落ち着いたカントリーテイストの家具が少しだけある手狭な部屋の中、赤いチェックの可愛らしいベッドの上に座り込んでいる少女は、麗しく微笑んだ。


「おはよう、ノギ」


 少年、ノギは幸せそうに笑みを返す。実際に幸せだと言える瞬間だった。

 ユラという少女は、一見してノギと年齢は同じくらい。大粒のオパールのように輝く瞳。ショートとボブの中間程度の長さにまとめられた、絹糸のような髪は、見る角度によっては淡い緑のように色を変える。ゴシック調のワンピースを着て微笑む姿は、彼女自身が宝石そのものであった。


 ノギも整った容姿なのだが、ユラと共にいると案外普通に見えた。ノギに限らず、すべての人がかすんでしまう。ユラは見た目以上の輝きを内に持つ。

 少なくとも、ノギは彼女以上に綺麗な存在を知らないし、この先も出会うことはないと信じている。


「朝食の支度、できたから」


 ごく普通にそう言ったノギの様子は、傍目にはデレデレしているようにしか見えない。そんな彼にユラはうなずく。


「うん、ありがとう」


 ユラはほっそりとした体型の美少女だが、大食漢である。ノギの用意する食事が彼女の糧である以上、ノギに手抜きはできなかった。


「今日は焼き塩ケサとレンホウ草とフートの実の白和え。キジヒの煮物。きのこ豆スープ」


 そう、今日の献立を諳んじながら、ノギは寸胴鍋で煮ていた大きな『メコの実』を取り出す。丸い実を半分に割ると、そこには白く輝く粒が夥しいまでに詰まっている。

 実の甘い香りに満足しつつ、ノギはその中身をヘラで集めて器に盛るのだった。

 こんもりと盛られたそのメコの実の若い種子は、柔らかくてどんな味にもよく馴染む。


「よし。じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 可愛らしく手を合わせるユラを食卓の正面から眺め、ノギも朝食を取るのだった。ノギは食べつつ、塩ケサの塩加減が我ながら絶妙だと自画自賛していた。

 もくもくと箸を動かし食事を続けるユラに満足しつつ、それからノギは切り出す。


「あのさ、今回の依頼は『雲立涌くもたてわきの丘』に咲く、『優曇華うどんげ』って植物のつゆの採取なんだ」


 この魔術大国であるライシン帝国において、魔術の原材料ともいえる魔術のもと『触媒』を各地から入手する『触媒屋しょくばいや』。

 魔術師でもなんでもなく、その素質の欠片すらないノギは、そうして生計を立てるのだった。幸いなことに、身体能力だけは高い。

 ユラは少しだけ難しい顔をした。


「雲立涌の丘、ね。この季節、行ったことないわ。どうかしら……」


 ユラの表情が曇れば、ノギの表情も同様になる。


「俺だって、ユラを危険な場所には連れていきたくないけど、この時期の露は結晶化して、いつも以上に強いルクスを包有するらしい。要するに、高値で売れるってことだ」


 ルクスとは、触媒が持つエネルギーである。これの量によって価値が変わる。少しでもルクスの多い触媒を手に入れたいと、それを考えて仕事を選ぶのは当然のことだ。

 すると、ユラは苦笑した。


「そう。それならがんばらなきゃね」

「ああ」


 彼らには大金が必要なのである。借金と呼べるものがあるわけではない。

 どうしても手に入れたいものがある。それがとても高価なのだ。

 だからこそ、触媒屋として働き続ける。彼らが何を欲するのか知る者は、()()の所有者だけだった。


 ただ、彼らが金を積めば動くことを知る者は、他の触媒屋ならば断るであろう危険な場所にある品物を所望するのだった。断ることができないわけではないけれど、彼らにはそれをこなせるだけの実力がある。

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