表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第3章✡
19/88

③青海波の浜〈5〉

 海の中というのは、別世界のようだとノギは思う。

 自分はこうしてユラの力を借りて、水の抵抗も最小に振る舞える。体の周囲に膜を張るようにして力を使っているので、呼吸もしばらくなら中に閉じ込めた空気で足りた。


 ただ、戻ることを考えるとそれほど遠くへは行けない。浜地にいるユラと離れすぎては力が届かないのだ。


 海中から上を見上げると、キラキラと日差しが透けて見える。波の模様が美しく、海底に映る。その中を小さな魚が泳いで過ぎた。色とりどりの魚は、美味しくはなさそうだけれど、綺麗だった。

 一歩ずつゆっくりと進む。あまり激しく動くと砂が海中で舞って視界が濁る。そうならないように慎重に歩いた。


 岩にはグロテスクな海洋生物がたくさん張りついていたけれど、そんなものはどうでもいい。ただ、それを餌にする生き物に注意する必要はあった。 

 床貝は、この『タコノマクラ』という、丸い体の背に大きな星の模様を持つ海洋生物を好んで食べるらしい。ということは、これがいるのなら近くに床貝もいるはずだと思う。きょろきょろと辺りを見回すと、確かにいた。


 ざっと見ただけで七匹。


 白く分厚い殻に覆われた貝は、まともに抱えると、持てても二、三匹が限界の大きさである。ここでひとつずつ中を調べているゆとりはない。

 ノギは腰紐の下に何重にも巻きつけて来たロープを解き、暴れる床貝を素早く捕縛し、ぎっちりと縛って連ねた。これを引きずって帰ればいい。この中にもし泡真珠がなかったとしたら、もう一度往復しなければならないけれど。

 もう一度ではなく、何度も――。


 そう考えると気が滅入った。

 息苦しさや水の冷たさは感じない。そういう意味での苦はない。

 ただ――目の届くところにユラがいないこと。

 これが何より嫌だった。


 今のところ、伝わるユラの力に変化はない。何も起こってはいないはずだ。

 あの、ハトリとかいう少女は、直接ユラに危害は与えない。少なくともユラはそう判断した。

 早とちりで貧乏でうるさいけれど、ずる賢くはない。それは確かだと思う。


 それでも、ユラは特殊な人間だ。誰にも正体を知られたくない。その正体を知れば、ユラを利用しようとする人間は多いだろう。その異質な魔力を解明するため、実験材料にしようとするかもしれない。


 誰も、ユラのそばには寄せつけない。

 そう、約束したから。誓ったから。


 ロープを握る手に、ギュッと力を込めた。

 そんな時、優しく降り注いでいた陽光が遮られた。太陽が雲に隠れたような薄暗さだ。ノギはその暗さにドキリとして上を見上げる。それでも、集中は絶やさなかった。精神が乱れると、ユラの力も上手く扱えなくなる。この海中で、それは命取りとなるのだから。


 見上げた先には、うねる巨体があった。それは図体のわりに素早く泳ぐ。その巨体が上方を泳ぎ切ったことで明るさが戻った。ノギは身構えつつ、改めてその生物を見遣った。

 それは、緑銀の鱗を持つ巨魚だった。太く長い巨体に、ぎょろりと金色に輝く目。少ししゃくれ、尖った口はまるで龍のようだ。

 龍なんてお目にかかることはそうそうないけれど、絵姿は誰もが知っている。その龍とどこか似通っている。


 サウリクティス。

 別名を龍魚ともいう。


 なかなかに狂暴な性質で、海に住むありとあらゆるものを食するとされている。

 つまり、ノギが捕らえている床貝もノギ自身も、サウリクティスにとっては餌である。


「うぇ」


 さすがに、床貝を引き連れてこんな化け物と戦えない。ただでさえ、海中でユラの力を一点に集中させるようなことはできないのだ。

 どう考えても分が悪い。


 ここは、倒そうなんて考えず、床貝を死守して戻るべきだ。そう判断したノギは、一目散に浜を目指して逃走するのだった。

 ただ、サウリクティスもそれなりに知能がある。逃げる獲物を捕らえるための知恵が。

 大きな尾びれを使い、海底の砂を巻き上げるようにして激流を起こす。


「!」


 視界が途端に白く淀む。水の抵抗は抑えられるものの、完全にではない。体が強風に煽られたようによろめいた。その隙に、サウリクティスの巨体がノギに迫る。


「クソ!」


 見えないながらも、ノギは直感で動いた。手にしていた床貝の束をサウリクティスの大きく開かれた口に叩きつける。海中で振るった床貝の束は、思ったよりも上手く当たらない。

 けれど、それを噛み砕く音が水の中で鈍く振動した。次第に砂が下りて視界に明るさが戻る。ノギが手にしていた床貝は、三匹に減っていた。

 心底腹が立つ。


 ノギは再度向かってきたサウリクティスの攻撃を避けると、その背びれにつかまった。サウリクティスはうっとうしそうに体をくねらせる。高速で泳いでノギを振り落とそうとするサウリクティスの背に、ノギは拳を叩きつけた。

 さほどのダメージはない。むしろ、薄くしかユラの力をまとっていない拳では、こちらの方が痛かった。緑銀の鱗は、鋼鉄のようだ。


 サウリクティスは何とかしてノギを放り出そうと、今度は深く海底に潜り、そこから勢いをつけて上昇した。そのまま海面から飛び上がるつもりだと気づいたノギは、それに備えて身構える。

 タコノマクラ、サウリクティス等は実物とは異なります。名称を使用してますが、好きに作り変えてありますので、こんなのだと信じないで下さいね(^^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ