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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第3章✡
16/88

③青海波の浜〈2〉

 青海波せいがいはの浜とは、三日月の形をした国の南寄りの海岸である。

 白に近い色合いのサラサラとした砂、澄み渡った碧海。地平線が見えるその場所は国内でも有数の名所なのだが、海洋生物にとってもそこは住み心地のよい場所のようで、不用意に近づくと襲われかねないという。


 それから、ノギとユラは食材などの買出しのために最寄のバーガンディの町に来た。瞬時に移動できる、翼石ウィングラピスというアイテムがあるので、たどり着くのはすぐだ。

 町の中で使用ポートという着地点に到達すると、


「海かぁ……」


 ぼんやりとノギはそうつぶやく。

 これが夏ならよかった。生憎と水泳には少々気が早い季節である。水はまだまだ冷たいだろう。


「特にいいことなさそうだな」

「そうね。お魚でも釣って帰ろうか?」


 クスクス、とユラが傍らで笑う。

 ユラが笑っていてくれるなら、面倒な仕事も我慢しよう。ノギにとってはそれがすべてだ。


             ☆  ★  ☆  


 そうして、その翌日、支度を済ませた二人は出発しようとしていた。

 今回の弁当は食べ歩きしやすいように、柔らかく炊いたメコの実を味つけして握った、『おにぎり』というやつだ。シンプルながら、これが美味しい。

 以前使っていた浮遊するバスケットは、買い換えた。新品である。

 何故なら、前回の使用の仕方が悪かった。嫌なにおいが染みつき、もう食べ物を入れる気になれなかったのである。


 二人は家の外へ出た。屋内で翼石ウィングラピスを使用することはできない。

 面倒な依頼で乗り気がしないながらも、なんとか自分で気分を盛り上げようとしていたノギは、扉を開けた瞬間にテンションがとんでもなく下がった。


「げ」


 思わず声に出た。


「あら」


 ノギとは対照的に、ユラは嬉しそうである。

 家の周囲に立てられた柵の手前に、『彼女』はいた。

 長い珊瑚色をした髪と、すらりと伸びた四肢。その手が一度、自らのチュニックの裾を握り締めた。表情はない。

 そんな様子から、強い緊張が窺える。


 魔術師ハトリ。

 彼女に向け、ユラは微笑んだ。


「ハトリちゃん! よかった、また会えて。この間はごめんなさいね。それから、ありがとう」


 ユラの柔らかい態度に、ハトリの緊張も少しほぐれたようだった。慌てて両手を振った。


「あ、ううん。気にしないで」


 ユラは、あたたかく柔らかな眼差しをハトリに向ける。


「脚の傷は大丈夫?」


 切り傷だらけだった脚は、うっすらと痕が残るのみだ。そのうち、それも消えるだろう。


「う、うん」


 ハトリはショートパンツから伸びた脚を、少し動かしながらうつむいた。

 そこでユラは、ちらりと隣のノギを見遣る。それから、ぼそりと言った。


「謝るって言ったわよね?」

「ぅ?」

「言った」

「…………」


 言った気がする。

 ただし、ノギが素直にそう言ったのは、多分二度と会うことはないだろうと思ったからである。もう、ここには寄りつかないはずだと。

 それがどうだ。

 なんて図太いんだ、とノギはイライラしながら、とりあえずハトリを放って家の戸締りをした。

 けれど、ユラの視線が背中に刺さるので、仕方なくそこからハトリに向き合った。距離を縮めるつもりはない。

 大げさなくらい、ため息を深くついた。


「お前、どんな神経してるんだよ?」

「は?」


 ハトリはきょとんとした。そんな仕草にもノギは苛立つ。


「よくここに顔出そうとか思うよな? 図太いにもほどがあるぞ」


 謝るどころか、口を開けばろくなことを言わない。ハトリはノギが謝るとは思っていなかったようで、この発言も来るべき攻撃が来たというだけのことなのだろう。キッとノギを睨む。


「あたしは、あれくらいでへこたれていられないの!」

「へぇ。貧乏暇なしってやつか」

「うわぁ! あんたって、なんでいちいちそんなに腹立つわけ!?」


 そこから口論が始まった。ただ、二人の距離はそれなりに開いており、結構な大声で怒鳴っている。ユラは、やれやれと嘆息した。


「――もう、なんだっていいのよ! あんたがどんなに性格ひね曲がってたって、触媒屋のつてがない以上、仕方ないんだから!」

「知るか! なんで俺がお前の役に立ってやらなきゃいけねぇんだよ!!」

「アルバイトするっていってるでしょ! タダで高級触媒くれなんて言ってない!」

「ふざけんな! お前の働きなんてはした金にしかならねぇよ!」

「じゃあ、出世払い――」

「出世の見込みがないくせに、出世払いとか言うな!!」


 隣のユラが呆れているのにも気づかず、ノギは言い捨てる。


「出世するもん!」

「するか、バーカ!」


 もう、子供の喧嘩である。いい加減に止めようとしたユラの手をノギは急につかんだ。もう片方の手にはバスケット。そして、翼石ウィングラピスに念じる。

 この言い争いは不毛だと、ノギはようやく気づいたのだ。面倒なので、ハトリを放置してさっさと青海波の浜へ飛ぶことにした。


 キラキラと、光が二人を包み込む。二人の姿が細かな光になり、その光が空へと向かう。

 ハトリは空を見上げながら腰のポシェットを探った。


「逃がすか!」


 ハトリが取り出したものも、翼石ウィングラピスである。けれど、赤紫色の光を放つそれは、ノギたちが使ったものとはまるで違う、高性能のものだ。使用回数と距離が格段に高い。繊細な装飾すら施された石は、ハトリの持つ唯一の財産と言ってもよかった。

 石の力を使い、ハトリもノギたちを追う。

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