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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第2章✡
14/88

②花菱の野〈7〉

 そうして、どうにも後味の悪さを感じつつ、ノギとユラは依頼品の月下蘭(げっからん)の蕾を採取しに、花菱の野の奥へと進むのだった。

 さわさわ、と草花が風に揺れる。

 先ほどの惨事も、遠ざかってしまえば何事もなかったかのように感じられる。すでに起こってしまった事実ではあるけれど。


 この時のノギの頭は、ハトリに対する罪悪感よりも金勘定が支配していた。どうすれば、より高く月下蘭の蕾を買い取らせることができるか、と。

 やはり、あの怪鳥がいなくなったと、触媒仲買人(ブローカー)のセオにばれる前に売りさばいておくべきだ。なるべくたくさん、持てるだけ採取しようと思う。


 弁当はすでに食べた。荒びき麦のバンズに白身魚と卵、葉物野菜をサンドしたもの。その他に豚の燻製とチーズなどなど、具は数種類。花弁を浮かせた花茶も飲んだ。

 天気のよい日の屋外で食べる食事に、疲れが癒されたような気がした。

 空になったはずのバスケットは、よろりよろりと二人の後をついてくる。



 中心部に群生する月下蘭は、まだ咲いていなかった。他の草よりも一段深い色合いの、剣のような形をした葉が特徴だ。開いていない蕾は、菱のような形をしている。だからこそ、この場所は花菱の野と名づけられたのだろう。

 明るい場所にいてもその蕾が光り輝いていることがわかる。うっすらと黄緑の残る蕾はきれいだった。

 蕾のままの最高の状態で残っている。摘み取ってしまえば、月下蘭の蕾は高いルクスを包有するため、簡単に枯れることはない。


 ノギは、手始めに一本の蕾を手折った。

 その途端に、ランタンのように内側から輝いていた光が消える。これで、ルクスの放出は防げるのだ。


「なるべくたくさん採らないとな」


 そう言ってせっせと採取しようとするノギに、ユラは嘆息する。


「そんなに持てないよ?」


 蕾自体は手の平に収まる大きさだが、それでも限界がある。


「わかってるけど……」


 そこで、ノギはふと思う。

 そして、


「やっぱり、採りすぎはよくないな。ほどほどにしておこう」


 と、珍しくまともなことを言った。

 普段、ノギは採りすぎて月下蘭が絶えてしまわないように、一度の採取は最低限にしている。だから、いつもの量よりもたくさん持ってセオの店に売りに行くと、あの勘のよいセオは何かに感づくかもしれない。それは危険だ。


 だとするなら、採取はたくさんしても駄目だ。これから価値が下がるとわかっている以上、溜めておいても意味がない。今、たくさん売れないなら、そんなに要らない。

 自分にとって価値がなければ、後は絶滅しようと関係がないと思うノギは、やはり自然にも優しくなかった。

 それから、ノギはしばらく考えて、そしてユラにだけ優しく微笑む。


「なあ、ユラ。せっかくだし、月下蘭の蕾が開く瞬間でも見てから帰ろうか?」


 そんなノギの提案に、ユラは少し驚いたようだったけれど、笑顔でうなずいた。


「うん。一度見てみたかったの」


 

 そのまま、二人はぼうっと辺りが暗くなるのを待った。野が赤く染まり、それから薄暗くなって、日が落ち、丸い月が顔を見せた頃に、月下蘭の蕾は少しずつその中のルクスを放出し始めた。


「わぁ……」


 ユラが可愛らしく感嘆の声を上げる。ノギは言葉もなく、ただその情景に目を見張っていた。

 それは、幻想的な眺めだった。


 小さく柔らかな光球が、ふわりふわりと薄闇に舞う。空気に溶けるようにして儚く立ち消えるその光も、夥しい数であれば二人を照らすほどになった。

 舞い踊る蝶のような花弁を開いた月下蘭の花は、透けて輝き、まるで腕の良い職人が玻璃で細工したように見える。その麗姿はまさに芸術品だった。

 この世のものとも思われないような、自然の作り出す神秘。

 星のように、蛍のように、空に昇る光を、二人は最後まで見上げていた。


 大嫌いなこの世界には、まだこんなにも美しいものがあったのかと、ノギは少しだけ胸に痛みを抱えた。

 こんなものは、知らない方がよかったのではないか、と――。


             ☆  ★  ☆  


 そうして、ノギとユラは夜分遅くになってから、セオの店を訪ねた。

 すらりと長身の華やか美人のセオは、柳眉を片方だけ跳ね上げる。


「あら、遅かったじゃない」


 ノギはユラを中へ入れると、ドアベルを響かせながら扉を閉めた。相変わらず、ビンに入った数々の触媒が客を圧迫する店だ。照明が柔らかな色合いであることだけが救いだろうか。


「別に、期限内だろ」


 いつも通り、そっけなく言う。そして、月下蘭の蕾を五つカウンターに並べる。そのうちのひとつを手に取り、ルーペで隅々まで確認した後、セオは満面の笑顔で小袋に金を詰めてノギに手渡した。


「はい。いつもご苦労様」

「ん」


 偉そうにそれを受け取ったノギは、一瞬にして顔をしかめた。そして、その袋を開いて憤慨する。


「な、なんだこのはした金!?」


 すると、セオは笑っているのにどこか怖い表情で、赤い唇をなまめかしく動かした。


「だって、それが相場よ。怪鳥ステュムが倒された今となってはね」

「げ」


 思わず声を漏らしてしまい、ノギは慌てて繕おうとしたけれど、すでに遅い。ユラはやれやれと苦笑した。


「アタシが知らないと思って、何食わぬ顔してごまかそうとしたわね? アタシの情報力を甘く見て、ほんとに馬鹿な子」


 クスクスと笑う声が、ノギには耳障りだった。噛みつきそうな表情で睨みつけると、セオはさらに言う。


「それで、早く出しなさい」

「は?」

「がめついアンタが見逃すわけないでしょ。怪鳥ステュムの部位のどこかに、触媒になりそうなところがあったはずよ」

「――っ」


 だからこいつは嫌いなんだ、とノギは苦々しく思う。

 まず、何食わぬ顔をして月下蘭の蕾を売りさばき、それからしばらくして怪鳥が倒されたという情報が流れてから、その部位を売ろうと思っていたのである。それが、月下蘭は買い叩かれるし、最悪だ。

 ユラが、よろよろと自分たちについて飛んでいたバスケットを抱え、それを開く。


「怪鳥ステュムの牙よ」


 弁当を食べた後の丸めた包み紙の他に、大きな牙が二本入っている。黄ばんだその鋭い牙には、高いルクスが包有されていた。それは、セオにも伝わったようだ。喜々として、カウンターから身を乗り出し、その牙を覗き込む。


「さすがにいい品ね! これだけ大きければ、一個は幾つかの欠片にして売って、もうひとつはそのままに――。あ、でも、表立っては売れないわね。闇ルートで」


 セオはうっとりとつぶやく。それから、再び袋に金を詰め、ノギに手渡した。


「はい、これ」


 今度は驚くほどに重い。思わずノギの顔は緩んだ。


「結構な高値だな」

「そりゃあ、あれだけの大物だもん。倒したのは駄目だったけど、やってしまったものは仕方がないんだから、有効利用しなくちゃ」

「だよな!」


 ノギもどうしようもなく顔がにやけていた。月下蘭なんてどうでもいいような高額だ。


「アンタ、ほんっとに実入りがよかった時だけ愛想いいわよね」


 そんなセオの嫌味も気にならない。

 隣で、ユラだけがそんな二人に呆れていたけれど。


「こんなことなら、さっさと()っとけばよかったな!」


 最低である。

 そして、ハトリはまるで浮かばれない。


          【 第2章 ―了― 】


 以上で第2章終了です。

 お付き合い頂き、ありがとうございました!

 

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