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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第2章✡
13/88

②花菱の野〈6〉

 その戦いが繰り広げられていた時、ハトリは草の中に身を潜めながら、ぽかんと戦いに見入っていた。

 怪鳥は、隠れているハトリには目もくれなかった。自分の天敵はこいつだと言わんばかりにノギをつけ狙う。彼の性格の悪さがそうさせるのだろうか。

 ただ――。


「何あれ……。あの動き、何?」


 思わずそうこぼしていた。

 あの、ノギの常人離れした動きはなんなのだろう。体重が存在しないような身の軽さだ。

 腕利きの触媒屋だという言葉にも、今なら納得できる。あれならば、怪物の牙や鱗といった依頼もこなせるだろう。性格は悪いが、腕は確かなようだ。そこは、悔しいが認めざるを得ない。


 けれど、怪鳥から距離を取ったノギは、木の根もとにいるユラに怪鳥の首が向いた瞬間、驚くほどに表情を変えた。見ていて痛々しいほどに――。

 とても、大事な存在なのだろう。


 ハトリは、とっさに立ち上がっていた。

 ノギのその表情のせいばかりではない。目の前で、か弱い女の子が怪鳥の餌食になろうとしている。

 見殺しになんてできない。それだけは阻止しなければという思いしかなかった。

 後も先も考えず、脚を鋭い草で傷だらけにしながら走る。ただ必死で、痛いとは思わなかった。


 腰のポシェットからとっておきの触媒を取り出して構えた。

 それを握り締め、触媒の息吹を感じる。ルクスが脈打つように、自分を駆り立てていく。


「ウル・レテル・ソエル・ベーテ――」


 ぽうっと手に光が灯り、熱が体中を駆け巡る。自分の魔力と、触媒のルクスが、魔術師の体という器の中で溶け合うような感覚だと、いつも思う。


 強いルクスを持つ触媒は、強い魔術を放つことができるけれど、その分多くの魔力も必要となる。魔力も無尽蔵ではない。使えば体力を消耗する。頭のどこかには冷静さを残していなければならない。

 呪文を唱える自分の声に、ハトリは次第に落ち着きを取り戻した。

 そうして、彼女の空色の瞳が強く輝く。


「――レ・ゼル・フィート・スファム!」


 開いた手の平から、大蛇のような火炎が大きくうねりながら怪鳥を襲った。炎は轟々と赤く、熱を放ち、巨大な漆黒の体に巻きついて、その羽根を焦がす。炎の大蛇に締め上げられた怪鳥は、いつまでも耳に残る断末魔を高らかに上げた。

 そうして、肉や羽根の焦げた異臭を放ち、果てる。その途端、燃え滾る業火は一瞬にして消え去った。


「くっ……」


 触媒は、『蛇溶岩の欠片』。

 何十年かに一度、蛇のようにうねりながら噴火口から湧き出る溶岩だ。


 ハトリは、野を焼け野原にしないために、術をコントロールするしかなかった。ただ放つよりもずっと、消耗が激しいけれど、こればかりは仕方がない。

 必死で、呼吸をするのも苦しくなって、その場に膝をついた。いつものように灰にならなかった触媒は、真っ白になって草の上に落ちる。


 なんとか顔を持ち上げると、怪鳥の焼死体を前に呆然とするユラの姿が見えた。さすがに、恐ろしかったのだろう。けれど、命が助かっただけマシだと思ってほしい。あの状況で、そこまでの配慮はできなかった。でも、助かってよかったと、ハトリは心から安堵する。


 そんなハトリに、草を踏み締めながら近づいて来たのは、他の誰でもないノギだった。彼が素直に感謝の言葉を述べるとは思えない。きっと、ひねくれたことを言うだろう。

 けれど、ユラが助かってほっとしたはずなのだ。多少の憎まれ口くらいは許してあげようと思った。

 ハトリがそっと顔を上げると、逆光になったノギの表情は見えなかった。ただ、その口調と言葉に、ハトリは呆然とする。


「おい、お前! なんてことしてくれたんだ!」

「え……?」


 明らかな怒声に、ハトリは頭がついていけなかった。

 何故、ここで怒られなければならないのか。

 大事なユラを救ったのに。感謝されることはあっても、怒られる筋合いなんてない。

 そう思ったけれど、言い返すだけの気力がなかった。


「あのトリは、この野の守護鳥だ。それを殺すなんて……っ」


 ノギの拳が怒りに震えている。

 けれど、ああしなければ、ユラは助からなかったかもしれない。ハトリは、大切に取っておいた触媒を使って助けた。ユラの命を優先した。

 なのに、何故、どうしてこう裏目に出る。善意が裏目に出た時ほど、悲しいことはない。

 否定されることが、つらい。


 それでも、ハトリは泣きたくなかった。逞しく生きると決めているから、涙は誰にも見せない。

 無言で立ち上がると、駆けつけてきたユラがノギを止めた。ちらりと、みっともなく傷だらけになったハトリの脚に視線が注がれる。


「ノギ、彼女は知らなかっただけよ。そんなふうに言っちゃ駄目」

「けど――」


 ノギがユラに首を向けた瞬間に、ハトリは二人に背中を向けて駆け出した。もう、振り返ることはなかった。


             ☆  ★  ☆  


「あーあ、かわいそう……」


 ユラがじっとりとノギを責めるように見た。ノギはハトリに対して悪かったという罪悪感ではなく、そのユラの態度にたじろいだ。


「だ、だって」

「もう。私はノギに力を返してもらえばどうとでもできたけど、彼女はそんなこと知らないんだから。私を助けようとしてくれた気持ちを、あんなふうに言って傷つけて」


 一時的に借りているユラの力は、ユラ自身が使えば防護壁を自分の周囲に張り巡らせるという使い方ができる。ノギのように戦うことはできないが、護りという点では強固なものだ。


 ただ、ノギがそれをさせたくないのだ。

 ユラのことは、自分が護りたい。それは、ただの我がままであるけれど。

 そんな二人の事情を知る者は、ほとんどいない。出会ったばかりのハトリが知る由もない。

 それでも、ノギは自分は悪くないと思う。


「けど、あのトリがいなくなったら、この花菱の野は荒れる。低能な触媒屋にだって、月下蘭のもとに楽々到達できることになって、普及率が上がるだろ。月下蘭そのものの価値が下がるんだ。下手すると、採り尽くされて絶滅――」


 必死で言い訳をするノギを、ユラは一喝した。


「ノギ」

「……はい」


 しょんぼりと返事をする。


「次に会ったら、ちゃんと謝るのよ?」

「はい」


 そうして、ユラはそっと微笑んだ。


「彼女、優しいいい子よ」


 そのひと言にノギは、うなずかなかったけれど。

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