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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第2章✡
12/88

②花菱の野〈5〉

 空を覆いつくすような漆黒の翼は、少し羽ばたいただけだというのに、強烈な風と轟音をこちらに向けた。

 ノギはユラを庇って被さると、鋭く上空を見上げた。そして舌打ちする。


「……来たな」

「うん」


 ノギは、そこからユラの手を引いてさらに走った。


「場所を移そう。ここじゃあ障害物が少ないし、狙い打たれる。ユラが狙われないようにしないとな」


 足もとの草をかき分け、二人は走る。怪鳥は、旋回して花菱の野を舞っていた。徐々に徐々に、間を詰めるようにして降下してくる。黒く大きな羽根を風が攫う。


「あんなカスの羽、触媒としての価値はないからな。いくら落ちてたって要らねぇよ」


 黒い羽根が降る空を見上げて走りながら、ノギはぼやく。その途端、怪鳥はキシャァと声を上げて鳴いた。怒ったのかもしれない。聞く者すべてが身震いしてしまうような声だというのに、ノギはケッと吐き捨てる。


「ほんとのことだろ」


 そんなノギに、ハッハッと軽く息を弾ませたユラが言う。


「ねえ、それを怒ってるんじゃなくて、前回ここへ来た時にノギが散々殴ったことを怒ってるんじゃないの?」


 そう言われてみれば、そうだった。

 ボコボコにして、その隙に月下蘭(げっからん)の蕾を採取したのだ。


「鳥のくせに執念深いな!」

「それだけ痛かったんじゃない?」


 冷静に言われた。


「……仕方ない。さっさとカタつけて、ゆっくり採取しよう」


 ため息混じりにノギは言い、新緑の眩しい高木の手前で身を翻した。そして、一度だけユラを振り返る。


「じゃあ、よろしく」

「うん」


 その途端にノギの手に白光が灯る。ノギは自分に宿る力を確かめ、満足げに手を結ぶと、再び開いた。


「今回は大丈夫そうだな」

「そうね。問題ないと思うわ」


 太古の民(ルーディニフリウス)という、この世界では特異な人種であるユラには、不思議な力が備わっている。ユラはその力をノギに分け与えることができるのだ。

 ユラの力が与えられる限り、ノギは自分の手足を金剛石のように硬くすることも、人間離れした怪力になることもできる。

 これは、ユラの力との適合率が高いノギだからこそできる芸当だった。

 便利なようだが、ユラの能力は環境に影響されやすく、思うように発揮できないこともあるのだが。

 今回は問題なかった。この怪鳥と戦うにあたり、十分な力だ。


「ユラ、しっかり木の陰に隠れてて」


 ノギに力を貸している時のユラは無防備である。もちろん、そこは十分に配慮しながら戦うけれど、念には念をというわけだ。


「わかってるよ。ノギ」


 安心させようとしてくれるのか、ユラは優しく微笑んだ。

 ノギは覚悟を決め、怪鳥と向き合う。少しだけ木から離れて歩いた。

 パシン、と右の拳を左の手の平で受け止める。そして、敵を睨みつけた。


「ほら、相手してやる。来いよ!」


 上空に向け指先をひらひらと動かし、挑発するように手を伸ばす。

 キシャァ、とまた嫌な声がした。かと思うと、怪鳥は速攻で嘴を突き出して急降下した。ノギの眼前に、その鋭い歯の並んだ口内が広がる。ノギのような少年など、ひと飲みにできるだろう。そして、怪鳥はその歯でノギを噛み砕くつもりで開いた嘴を閉じる。

 その場に、ガキン、という金属音のような音が響いた。

 陽炎さながらに身をかわしたノギは、再び上昇した怪鳥に向かい、露骨に顔をしかめる。


「ふざけんな。息が生臭い!」


 基本的に肉食なのだ。獣肉の切れ端でも口内に残っているのだろう。

 そんなことを言っている場合ではないが、花咲く野の春風の中、好んで嗅ぎたい臭いではない。

 一人憤慨するノギに、怪鳥は言語を解するわけでもなさそうなのに、しっかりと侮蔑を受け取っていた。

 シャアシャアと鳴きながら激しく羽ばたき、漆黒の羽を撒き散らして強風を起こす。目方の軽いノギは、その風に若干煽られていた。


「クソッ」


 小さく毒づくと、ノギは後方へ飛ばされた。ぐるりと体が前転するが、とっさに草をつかんでそれ以上の転倒を免れる。


「あのトリ野郎!!」


 ノギは体勢を立て直すと、今度は瞬時に高木を登り出した。それを別の木の下でユラが心配そうに見上げている。

 高く高く。

 より高い位置へ、猿のように身軽に、軽やかに登っていく。

 そうして、自分の体重を支えられる限界の枝の先まで到達したノギは、その高みから怪鳥を逆に見下ろすのだった。ノギの手もとに灯っていた白光は、体を伝って彼の右足に集中する。


 ノギは、その場で不敵に笑っていた。トン、と小さく音を立て、葉を揺らし、ノギはそこから落ちる。タイミングを見計らって飛び降りたと言うべきか。

 ノギは空中でくるりと体勢を整えると、飛び上がった怪鳥の脳天目がけて踵を振り下ろすのだった。


「くたばれトリ野郎!!」


 白光をまとったノギの踵は、怪鳥の脳天を直撃――はしなかった。とっさに、怪鳥は大きく羽ばたき、風を操り、ノギの攻撃の軌道をそらしたのである。鳥のくせに、妙な知恵があった。

 実を言うと、前回同じ攻撃を受けているのだ。学習したのだろう。鳥のくせに。


 ただし、まったく効かなかったわけではない。ノギの一撃は、翼のつけ根にかすった。

 バランスを崩して落ちる怪鳥の足に、ノギはとっさにつかまる。落下の際、クッション代わりにするために。

 けれど、怪鳥は落下しなかった。すぐさま立ち直り、再び低空を飛ぶ。


「しぶてぇな」


 と、ノギがぼやくと、怪鳥は自分の足につかまるノギを潰すように着地体勢に入った。ノギは渋々、自ら手を離して野に着地する。足もとにユラの力を宿しておけば、少々の高さなら大丈夫だ。

 ただ、この鳥、ノギが思う以上に知能があった。ノギの弱点がなんであるのか、すでに見抜いている。

 ノギを落とした場所は、木から離れた地点であった。自身は木の根へ向け、大きく急降下する。


「ユラ!」


 そのターゲットに気づいた瞬間、ノギの心臓はキュッと握り潰されたように痛んだ。図太い彼の、最大の弱点である。

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