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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第2章✡
11/88

②花菱の野〈4〉

 花菱はなびしの野は、ノギたちの住む帝国の南よりさらに南西に位置する。

 この季節、野の花々はまだ満開とは言えない。蕾さえもちらほらと見える程度で、ほとんどが緑ばかりである。あとひと月もすれば、綺麗に咲き誇る花に囲まれるのだが、花見が目的ではないのだから、そんなことはどうでもいいとノギは思う。

 目的の品月下蘭(げっからん)の蕾は、一年に二度蕾をつける。そのうち、この浅春が前期である。


 翼石ウィングラピスを使えば、すぐに花菱の野まで行ける。買い置きがあるから簡単なものだ。

 ただ、交通に関しては簡単だけれど、問題はやはり向こうに着いてからだ。あの怪鳥と上手く渡り合わなければならない。

 ノギは面倒だと嘆息しつつ、向こうで食べる弁当を作るのだった。


 

 弁当をバスケットに詰め、万全の支度を整える。ちなみにこのバスケット、持ち手がない。つまり、手に持たずともよいのだ。勝手に持ち主の後をついてくるという性能を持つ、魔術アイテムである。重量に限りはあるものの、なかなかに便利だ。

 ただし、これも消耗品である。永久的に使用できるわけではないから、荷物が戦闘の邪魔になると判断される時のみに使用するようにしている。


 そうこうしていると、ユラがやってきた。

 可愛いものが好きな彼女は、フリルのついた服を好む。ノギも、ユラにはそれが似合うと思い買い与えるのだが。


 今日は春先らしいサーモンピンクのワンピースだった。まだ肌寒いため、ショート丈の上着も羽織っている。風邪をひいたら大変だ。もっと厚着を勧めようかと思ったけれど、可愛いのでいいかと思い直す。


 残念ながら、前日に水をかけられた彼女ハトリの寒さはどうでもよかった。風邪をひいたとしたら、日頃の行いが悪いのだ。



「じゃあ、行こう」

「うん」


 二人は外へ出ると、戸締りをしっかりとして手を握る。キラキラと輝く翼石ウィングラピスの効果を発動し、二人の体は花菱の野へと運ばれていく。

 その姿が消え去ったのち、もうひとつの光が後を追うようにして同じ進行方向へ飛んだことなど、二人は知らない。


             ☆  ★  ☆  


 ふわりと下り立てば、そこはすでにだだっ広い野原だった。

 ノギはまたここに来るはめになったことにげんなりする。けれど、これも仕事だから我慢するしかない。


「ユラ。ユラのことは俺が護るから」


 真剣な表情でそう言うノギに、ユラはそっと微笑んだ。


「うん。でも、ノギも気をつけてね」


 春風が野を撫でる。風に乱された髪をうっとうしそうに押さえると、ノギは覚悟を決めて歩み始めた。


「ま、以前よりは勝手もわかってるし、もっと楽に行くはずだ」

「そうね。前回なんて、ノギ、すごい怪我だったもん」


 実際に苦戦した。翼のある相手では、こちらが狙い打たれるばかりで、低く下りてきた隙に反撃し、なんとか依頼をこなせたのだが、すべて終わった頃にはズタボロだった。

 あの頃は未熟だった。もっと颯爽と鮮やかな勝利を修めたかったノギとしては、苦い思い出である。


「鳥のくせに、あの歯は反則だろ」


 生意気だ、とこぼす。そんな姿に、ユラはクスクスと笑っていた。


 春の日差しと微かな花の匂い。

 こうして二人で歩いていると幸せだった。ただし、足取りは異常なまでの早足である。

 何せ、あの怪鳥に発見される前に少しでも先に進んでしまいたいのだから、無理もない。ノギの膝の辺りにまで生える丈の長い草が、ノギには邪魔に思われた。この草でユラが脚でも切ったらどうしてくれる、と。ただ、ユラはちゃんと厚手のタイツを着用しているため、今のところは無事である。



 そんな二人から距離を保ちつつ、草むらの中で一人虚しく声を上げている人物がいた。


「いった!」


 スカートから伸びた生脚に草がチクチクと刺さる。刺さるだけではなく、切れる。彼女の脚は小さな切り傷だらけだった。それもこれも、あの二人が早足で容赦なく進んでいくから悪いのだ。


「もう! こんなところだって知ってたら、もっとちゃんと準備してから来たのに!!」


 そんなことをぼやいても、今さら仕方がない。

 魔術師ハトリは、ノギに門前払いされた。けれど、その程度で諦めていられないのである。

 なんとかして、一級品の触媒を手にしたい。その思いから彼女はノギたちの後を追ってきたのだ。

 この際、良いものがあれば横取りでも何でもいい。手段なんて選んでいられない。


 無駄に騒いでしまったせいか、かなり距離があるにもかかわらず、不意にノギが振り返った。ハトリはドキリとして身をかがめ、這うようにして草の中へ隠れる。

 ただし、ノギはハトリのことになど気づいていないようで、険しい表情を上空に向けた。ハトリも不審に思い、恐る恐る上を見上げる。

 それと同時に、日は高く上がっているというのに、濃く暗い影が野に落ちた。


「え?」


 空は黒い。

 闇の色。


 けれどそれは、夜ではない。鳥の形をした黒いもの。

 大きな大きな、黒い鳥――。


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