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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第2章✡
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②花菱の野〈3〉

 おかしな女のせいで、せっかくの朝食が冷めるところだった。

 ノギはそのままユラを食卓に座らせる。けれど、ユラは少し不機嫌だった。

 理由は、さっきの女を乱暴に追い払ったせいだろうか。せめて女子供には優しくしろと言いたいのかもしれない。


 ノギはなんとなくそれに気づきながらも、あの態度を悪かったとは思えない。優しくしてやる義理なんかなかった。

 自分たちに近づく人間は、基本的に敵だと思っておいた方が後腐れないのだ。何かあってから後悔はしたくない。ユラさえ無事なら、他はどうだっていい。

 ノギはごまかすようにして、食卓でかぐわしい匂いを放つ朝食にユラの目を向けさせるのであった。


「今日はトマトオムレツとカボ瓜のクリームスープ、バターチーズを練り込んだパンと、温レタ菜のサラダだ。おかわりもあるから」

「……うん」


 そう言いながらも、ユラはまだどこか引っかかっているふうだった。ノギは、これはまずいと思った。

 ユラが乱暴な自分を嫌がるのなら、あれは見せてはいけなかった。もっと上手く追い払わなければいけなかった。

 ノギはしょんぼりとして、奥の手を使う。


「ユラ、デザートあるよ」


 その途端、ユラはピタリと動きを止めた。そうしてから、そろりと顔を上げる。目の色が違った。


氷箱ひばこの中にシェラードがある。レイモン味」


 冷たく、甘い、クリーム状の氷菓。さっぱりとした柑橘の酸味がアクセントのレイモン味。

 念のため、常に切らさないように、シェラードを溶かさずに保存できる魔術アイテム『氷箱』の中にストックしてある。

 これが奥の手。とっておき。

 ユラはようやく機嫌を直してくれた。


「朝から豪華ね」


 と、幸せそうにパンを頬張る。

 そんな姿を見て、ノギはほっとした。内心では汗を拭っている。

 ふと、自分が何故こんな思いをしなければいけないのだろうかとノギは苛立ちを感じた。これも全部、あの女のせいだ、と。

 ユラだってもう忘れてしまったようだし、どうでもいい存在だ。そのどうでもいいはずの存在によって、朝から疲れた。そのことが腹立たしい。


 けれど、もう考えるのは止そうと思った。無駄なことだから。頭を切り替えた方がいい。

 そう考えて、ノギは笑顔をユラに向ける。


「それでさ、ユラ、今度の依頼は『花菱はなびしの野』に自生する『月下蘭げっからんの蕾』なんだ」


 依頼はいつも、ノギの設置したポストに届く。入れるのは、触媒仲買人(ブローカー)セオの手の者である。


「ああ、月下蘭ね。あれは花が開く時にルクスを撒いて幻想的に光るのよね?」


 と、ユラはハーブの風味がするトマトオムレツを丁寧に切り分けながらつぶやく。絶妙な半熟具合に熱で形のとろけたフレッシュトマトが上手く混ざり合っている。


「そうそう。咲ききったら価値は下がる。月の下で咲く花だから、つまりそれまでに採らないとな」

「うん。でも、あそこは前に行った時も苦戦したような……」


 ああ、とノギは零した。

 以前も同じ依頼があった。花菱の野は、ノギたちの住むこの場所からさほど遠くはない。移動を助けてくれる魔術アイテム、翼石ウィングラピスを使えばすぐに行けるような距離だ。ただし、問題はたどり着いた後のこと。


「あそこ、日中には厄介な怪鳥がいるからなぁ」


 怪鳥ステュム。


 その漆黒の翼を広げると、この家よりも大きな鳥だ。雑食で、人間も餌である。鋭く生えた歯は、虎の頭蓋骨すら粉砕するという。

 ただし、その怪鳥は鳥であるためにやはり鳥目なのだ。夜になれば怖くはない。

 けれど、それでは遅いのだ。怪鳥が去るのを待っていては、月下蘭の蕾は開いてしまう。


「うん。前も頑張って走ったね」

「今回もそうなるけど、実入りはいいからな。頑張ろう?」

「そうね。なんとかなるわよ」


 ユラが笑っていてくれたなら、ノギはなんだってできそうな気になれる。だから、今回だって不安はない。


 二人には、買い求めなければならない『あるもの』があった。そのためには、非魔術師である彼らが普通に生活していては得られない大金が必要なのである。

 だからこそ、多少の危険を冒してでも希少な触媒を手にし、それを売って金にするしかない。

 目標額にはまだまだ遠く、達成のめどは立たない。それでも、いつかは、と二人は諦めることなく仕事を続けるのだった。


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