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フラグ乱立

周りを一層警戒して、ジッと一点を見つめる。先ほど奴がいた窓の近くだ。

消えたあとは特になく、まるで白昼夢を見ていた気さえする。

もちろんそう都合よく「…という夢を見たのさ!」とはいかないようで、部屋にはまだピリピリと緊張感が漂ったまま消えてくれなかった。

先輩の話では消えたあとはほぼ数分で奴は蘇るらしい。しかもその後も、祓っても祓ってもしぶとく蘇っていくらしい。

あまりのしぶとさと不気味さにこれまで何人もの霊媒師が匙を投げたと先輩は語った。

なんという蘇生力。そして不気味さ。

黒くて不気味で、殺しても殺しても蘇るように出てくるなんて、まるでゴ○ブリのようだ。

俺、苦手なんだよなアレ。

得意な人もいないだろうが。


どうでもいいことを考えて首を降る。


いいや。まだゴキ○リの方がマシだったかもしれない。

こっちには、殺虫スプレーのような必殺技はすでに残っていないのだ。後藤の護符は品切れだし、俺のお祓いもどきが奴に効いたとも思えない。

頼みの綱どころか、蜘蛛の糸一本、俺たちには残されていない状態だった。

ちらりと横の先輩を見る。

先輩は特に怯えた様子はないが、少し表情が固いことから緊張していることがわかった。

緊張状態から脱したくて俺は先輩に話しかけた。


「…先輩、奴はさっき"出ていけ"って言ってましたよね」


先輩は俺の方を見て固い表情のまま頷いた。


「そう聞こえたわ」


「普段話しかけてきた時もそんな感じのことを言ってたんですか?」


俺の質問に先輩は戸惑いをみせて首を振った。


「それは、わからない。あんなにはっきり喋ったのは今日が初めてだったから。それに…」


「それに、なんです?」


一呼吸おいて、先輩は続けた。


「普段のあいつはあんなに敵意を剥き出しにしていないのよ。なにか、怒っているように感じたわ…凄く強い怒り……こんなことは初めてよ」


「他の霊媒師さんたちの時はどうだったんです?こんな風にはならなかったんですか?」


「彼らに対しても、敵意は向けていたようだったけれどここまでではなかったわね。

あの時は相手にしていないって感じで、軽くあしらうような、どこか余裕さえみせていたの。それが…」


今の奴は、まるでこっちを呪い殺さんとばかりにマジギレというわけか………


先輩の話を聞いて、一つ声を大にして言いたいことがある。



なんで俺の時だけ!?



あまりにデタラメなお祓いをしたからか?


だとしたらもうしないから!正直、したかったわけじゃないから!


なんだか理不尽な怒りをぶつけられてる気分だ。あまりにもな自分の不幸体質に恐怖よりも怒りが湧いてくる。


冗談じゃねえ。


なんだって、実力者な霊媒師さんたちは、許せて俺みたいな偽物は許せねえんだよ。


よくも俺を騙したなって奴か?


はッ…!幽霊風情が、ふざけんな。


俺は一気に頭に血が上るのを感じた。


ヤバイ。キレてきた。

自分でもダメだと思いつつも怒りを抑えられない。


「山手?…どうした?」


後藤が俺を見てギョッとしたように聞いてきたが、答えずに逆に質問をした。


「後藤。なんでもいいから、呪術教えろ」


「…へ?」


「とにかくなんか最強の奴!効き目ありそうな奴!早くッ!」


掴みかかる勢いの俺に後藤が慌てて押しとどめた。


「山手!落ち着けって!いきなりなんだよ。呪術って、そんなの…俺も少ししか知らないし」


「じゃあそれ教えろ」


「け、けど即席じゃあ効き目ないと思うし、奴の正体がわかんない内は下手なことしない方が……」


普段からは想像もできないような逃げ腰の後藤に俺はさらに迫る。


「じゃあなんもしないで奴に呪い殺されろってのか?」


「そういうわけじゃないけど…それに奴もいきなり呪い殺そうとはしないんじゃ……」


そこまで言って俺の顔を見て後藤は冷や汗をかいて止まった。


自分じゃわからないが、おそらくかなり人相がヤバイことになっていたのだろう。


「いいから、早く教えろ」


「……わ、わかった」


青ざめて素直に頷く後藤が小さく「マジギレの山手って、マジで恐いんだよ…」とつぶやいていたが、俺は知らんふりをした。


先輩がぽかんとした顔で俺たちを凝視する。


「山手くん。残念だけど、あいつにはどんな呪文も効き目ないわよ。私は何度も奴がお祓いにきた霊媒師たちの唱えに無反応だったのを見てきてる。さっきの後藤君みたいな護符があるなら別だけど、なにもなしじゃ…」


「護符が効いて呪術が効かないなんてずいぶんわけのわからない幽霊ですね」


俺は先輩の方を見ずに遮った。先輩がさっきよりも強い口調になる。


「私にもそれがわからないのよ。ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて思わなかったのよ」


もういいわ、と先輩はドアへと近づいた。


「これ以上ここに居たら、奴になにをされるかわからないわ。どんな霊媒師がきても大人しかったから、少し調べてなにか正体を探す手がかりにでもなればと思ってあなたたちに頼んだのだけれど、こんなことになってしまってはもうどうしようもない。早くここから撤退して」


先輩は「安心して。ちゃんと報酬は支払うわ」と付け足した。


俺はほとんど無表情で先輩を見た。


「…じゃあ、初めから先輩は、俺たちが奴を退治できるとは考えていなかったんですね…?」


「えぇ。いくらあなたが霊媒師といっても、これまで数多くの依頼を頼んだ霊媒師たちがダメだったのだから、あなたも例外ではないと踏んでいたわ」


先輩は悪びれることもなく言ってのけた。


「じゃあ、なんで奴を退治して欲しいなんて嘘、言ったんですか…?」


先輩は少しだけ動揺したように肩を揺らしたが、表情を変えずに答えた。


「その方があなたのモチベーションが上がると思ったからよ。だって」


ーーーあなたたち霊媒師ってそんな風な大義名分がないと幽霊も殺せないんでしょう…?



先輩の言葉はやけにストンと俺の中に落ちた。

後藤が横であー、だとかうー、だとかなにか言おうともたついていたが、俺の耳には届かなかった。


あぁ、そう。なに?つまりさぁ…

先輩は最初からなんの期待もしてなくて、俺はそれなのに無駄な努力して、やりたくもない霊媒師のまねごとして?

おまけに霊媒師でもないのに、先輩から偏見による侮蔑の言葉なんかをいただいちゃってるわけ?


…………


……


…はあ。


一気にダルさが押し寄せてきた。


「…モチベーションはだだ下がりです…」


どんより沈んだ声を出す俺の反応に先輩は意外そうな顔をした。


「そうなの?ごめんなさい」


「や、山手?大丈夫か…?」


後藤が不安げに俺を見る。なんだよその目。

俺が先輩に怒りをぶつけるとでも思ってたのかよ…


そんなガキな真似できるか。


いままでどれだけの人数の霊媒師さんに依頼を頼んだのかは知らないが、先輩のこの様子からかなりの人数がこの屋敷を訪れ、なにも成果を出せないまま帰って行ったのだろう。

そして、先輩はその姿を何回も何回も見てきたのだろう。

それだけのことがあれば、偏見もするだろう。期待する気さえおきなくなるのも納得だ。

それは、先輩の勝手だ。

俺のことを霊媒師と勘違いしてるならその対象になってもおかしくはない。

別にそこには腹は立たない。

人が人を侮蔑するのはその人の勝手なのだ。俺がどうこう言えた義理ではない。


むしろ俺がキレているのは…



「あ、山手!あれ……!」


後藤が指差す先を見る前に全身をぞわりと悪寒が走った。


ゆらゆらとゆれる黒い影。先ほどよりも激しく揺れるそれは、なんだか焦っているように感じた。


「…きたか」


なんの対策も、対抗策すら浮かんでいないというのに俺は自分の声がひどく落ち着いているのを耳で聞き取りながら、ゆっくり奴を見つめた。

心は穏やかに落ち着いていた。

けど、腹の中には妙に熱いものがごうごうと渦巻いている。

その正体がなんなのか自分でもわからず、首を傾げる。


「山手、どうする…!?」


後藤の声にはたと我に返り、俺は一旦腹の中のなにかを忘れることにした。


奴を見て、まるでバトル漫画の主人公のようにかっこいいセリフを口走る。


「来いよ化け物。化けの皮はがしてやる」


珍しく空気を読んだのか、後藤はつっこんでこなかった。


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