先輩の苦悩は凡人にはわからない
霊能力を消す…?
言葉はきちんと聞こえていたが、意味が全くわからず俺はおもわず聞き返していた。
「あの、それはどういう…」
そこでタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響き、周りの生徒があわてて席に戻って行った。先輩もちらりと時計を見てから「また後で」と小さくつぶやいて俺の返事も聞かずに教室をあとにする。
終始ポカンとしていた俺は意味のわからないまま、得意の現国のテストを受ける羽目になった。
テストどころではなくなった俺が普段の半分も問題を解くことができなかったのは当然といえば当然だった。
***
教室では先ほどのテストに関して、できたできなかったなどの問答が繰り広げられていた。今日はテスト習慣のため、生徒は早く帰り勉強することが義務付けられている。
すでにほとんどの生徒は帰路につき、残っているのはごく僅かの生徒だけだ。
俺も普段ならすぐさまカバンを背負って帰るのだが、今日はどうしてもすぐに帰る気にはなれなかった。
「はあ…」
テストが無事撃沈という形で終わり、大げさなほど大きなため息が出てさらに気分が下がるのを感じた。一体さっきのはなんだったんだと先ほどから同じ自問自答が頭の中を駆け巡っている。
頭に煙が出ていそうな俺の前にある意味元凶ともいえる後藤が苦笑を交えてやってきた。
こいつ…絞め殺してやろうか。
「どういうことなんだよ…」
ジト目で睨むといやぁと後藤は曖昧に笑った。
「話の流れ上、なんか山手のこと話しちゃって…悪かったよ」
「謝罪はいいから、なんで俺が霊媒師ってことが周知の事実みたいになってんだよ!」
「え?それは事実だろ?」
キョトンとしている顔がいっそ憎い。軽く殺意を覚えるほどに。
「冗談じゃない!霊感ある先輩にそんな嘘つくなんて正気か?」
「なに言ってんだよ。嘘なんかじゃないだろ」
話が通じない。
そして結局根負けするのは毎回のごとく俺なのだ。
ため息をついて話を変えることにした。
「じゃあ、さっきの先輩の話は?あれはどういう意味なんだよ」
「あー、あれね。なんか先輩の霊能力って今までは、視えるだけだったのが最近強まっちゃってポルターガイスト現象まで起こるようになっちゃったんだってさ」
「はあ…で?」
「で、さすがにこれ以上は生活に支障がでるからその現象起こしてる幽霊を祓うか、いっそ自分の霊能力がなくなればいいって。
それを山手にお願いしたいわけ」
「無理だからな」
ズバリ言い切ると「そう言うなって」と後藤が肩を竦めた。
「あの宮井先輩直々のお願いだぞ?ファンクラブの奴らだって一週間に一度話せるかどうかってくらい貴重な先輩との会話で、お前はお願いまでされたんだぜ」
後藤の言い分に俺は呆れてしまった。
「あの人は売れっ子アイドルかなんかかよ」
「似たようなもんさ。それで通るくらい美人だしな」
「どっちにしろ無理なもんは無理だ。そんなに困ってるならホンモノの霊媒師さんに頼めばいいじゃねぇか」
「もちろんそうした、らしい。けど、ダメだったってさ」
俺は眉を寄せた。
「ダメって?」
「ポルターガイストの原因はわかってるけど、取り除けない。先輩のチカラは強過ぎて霊能者さんでも消し去ることは不可能なんだって」
「それならなおさら俺じゃむりだろ。役不足もいいとこだ」
話は終わりだと俺は後藤を無視して机に突っ伏した。
このまま先ほどの出来事もすべて忘れて安らかで心地いい至極の時を全うするのだ。
ようするに、爆睡する。
俺の行動に頭上で後藤が焦った声を出した。
「ちょ…っ!待ってよ寝ないで!
話聞いてってば!山手ならきっと出来るからっ」
なんの根拠があってそう言ってんだこいつは。
呆れながら無視を決め込む。
後藤は諦めが悪く、なおも言い淀んだ。
「霊能力を消すのが無理でも、幽霊退治ならお手のもんだろ?」
無視無視。
「お前なら出来るって!諦めんなよ!」
お前はどこぞの修造か。
後藤はぺしぺしと俺の頭をはたき、起こそうと必死だ。
全く諦めの悪い。
憧れの先輩からのお願いだからか、やけにしつこい。
俺は頭を揺さぶられながら目を光らせた。
これはなにかある。
よくよく考えれば、いくら憧れの先輩のためとはいえ、オカルトマニアのこいつが、わざわざ幽霊を消したいなどという願いを叶えたいと思うこと自体ありえない。
後藤がこれほど必死になる"餌"が、先輩によって撒かれたに違いない。
他の奴なら後藤のいい人そうなオーラで騙されるかもしれないが、入学してからずっと、ずううぅっと、振り回された俺は騙されない。
断言しよう。
こいつは、たとえ目の前で幽霊がいると怯え苦しむいたいけな女の子がいたとしても、「幽霊なんていない。気のせいだよ」と優しく諭すどころか、迷わず目を光らせて「どこ?どの辺にいる?どんな奴?」と質問攻めにする最低最悪な奴だ。
後藤はいい人そうなだけで、決していい人ではない。
その辺のところを周りはわかってなさすぎる。
俺はこれが顔面格差社会か…と内心イラつきながら、とりあえず後藤が墓穴を掘るのを待つことにした。
案の定、無反応な俺の態度に痺れを切らした後藤がしばらくしてつい、という風に口を滑らせた。
「頼むよ山手!これ解決出来たら、宮井先輩がオカルト部に入部してくれるんだよ!……あ」
「ほほう?」
ゆっくり顔を上げ、意味深な声を漏らせば、後藤は明らかに狼狽した。
「それが餌か。先輩がオカルト部に入ってくれるねぇ……くだらねぇ」
吐き捨てるように言うと後藤がムッと眉を釣り上げた。
「くだらなくなんかない!今、オカルト部は部員不足なんだ。そこに霊感があるって有名な宮井先輩が入ってくれれば、部員数も確保されて、より一層怪奇現象に触れる機会も増える。部長として、どうしても先輩には部に入って欲しいんだ!」
素晴らしい部への意気込みのように聞こえるが、俺の心にはちっとも響かなかった。
なにしろこいつ…
「…つまり、部活のために友人を売ったわけだな」
後藤はさっきまでの勢いを消沈させて、苦笑いを浮かべた。
「そ、それは山手なら許してくれるかなぁ〜みたいな信頼感からくる甘えがあったというか…」
「なるほど。状況は理解した」
後藤が俺の冷めた目に愛想笑いを浮かべながら、問いかけて来た。
「で…あの、やってくれる?」
フッ…と口元を僅かに歪め、俺は目を細めた。自分が出せる中で最高に穏やかな声を出す。
「やるわけねぇだろクソが」
「だ、だよね〜」
後藤も分かっていたらしく、困り顔のまま笑っていた。
「むしろこんなこと聞いてやりますなんて言い出したら、山手がおかしくなっちゃったのかって心配するとこだったよ」
「お前も納得なら、話はついただろ。さっさと先輩に断って…」
こい。と言いながら帰り支度を始めた俺の耳にデジャヴのようなざわめきが聞こえてきた。人が減っていたので、前に聞いた時よりもざわめきは大きくはなかったが、俺の注意を引くには十分だった。
後藤の後ろをひょいと覗き込むと、少し不機嫌そうなオーラを出した宮井先輩が向かってきていた。
先輩はなにか言おうとした俺を無視して片手を掴むと、強引に引っ張り上げた。
「へ!?あ、あの…ちょっ!ちょっと!」
「あなたに利益がないと誰が言ったの。断るのは私の話を最後まで聞いてからにして頂戴」
やはり不機嫌そうな声でそれだけ言うと、先輩は普通の女子とは思えないような力で俺を無理やり立たせると、そのまま教室から連れ出された。
な、なにこれ。なにこれ!ナニコレ!
パニックに陥った俺はされるがまま先輩にひきずられるだけだった。
握られた先輩の手は温かく、俺は『この人も人間なんだよな』と当たり前のことを再認識した。