俺のターンッ!
俺の見立てじゃあ奴はこちらと意思疎通がわずかながらできる程度のコミュニケーション能力の持ち主、いわゆるコミュ障だと思っていた。
事実さっきまでの奴はまさにそうだったはずだ。
だからこその挑発だったんだ。
だから、
「本当にくんなよ馬鹿野郎!!うわっ!あっちいけッ!」
まさか俺のかっこいいセリフのすぐあとにこちらに突っ込んでくるとは予想外だった。
てっきりそのまま立ちすくみ睨み合いの展開だと踏んでいただけに俺は虚をつかれ、かなり動揺した。
あわてて逃げ回るも狭い部屋の中だ(俺の部屋なんかより断然広いが)。
すぐに追いつかれる。
てか、なんで俺を狙う!あっちいけよ、あそこの馬鹿面の男をねらいなさいよっ
「や、山手!とりあえず外に…」
「ダメ。開かないわ」
先輩がガチャガチャと何度もドアノブをまわすが、鍵はかかっていないはずのドアはビクともしなかった。
ホラーの定番かよクソッ!
奴の動きは思っていたよりもゆっくりなので避けるのはわけないが、自分めがけて得体のしれない物体が向かって来ているなんてゾッとする状態をずっと続けていたくはない。
捕まればどうなるのかもわからないし、触られるなんて考えただけで嫌だ。
後藤が先輩にドアから離れるよう告げて離してから俺に向けて叫んだ。
「…だそうだ山手!今から蹴破ってみるからそれまでなんとか頑張れ!」
「簡単に言うなっての!」
今さら忘れていた恐怖が体を支配して動きを止めようとしてくる。ずっと忘れていれば良かったのに、と舌打ちしたくなる。
必死に奴から目を逸らし、なるべく見ないよう心がけて机の方へ逃げる。
奴もすぐに追いかけてくる。なぜだかさっきみたいに喋る意思はないようで、影は無言で迫って来た。
不気味なことこの上ない!
「後藤っ!まだかよ!」
近づいてくる影から一歩でも遠ざかろうと壁まできて叫ぶ。後藤がガン!ガン!と蹴破ろうとする音が聞こえるが、どうやらまだ開きそうもない。
「ごめん、もうちょい!」
「…無駄だわ」
先輩がポツリとつぶやくのをかろうじて聞き取り、俺は声をあげていた。
「ちょっと先輩!なに諦めてんですかっ!」
「私の部屋のドアは超合金でできていて、まず人間の力じゃこじ開けることは不可能なのよ」
「な……!?」
先輩の言葉にさすがの後藤も絶句し、足を下ろした。俺はというと、とにかく逃げながらつっこんでいた。こんなふざけた話につっこまずにいられるか!
「はあぁあ!?なんですかその無駄なクオリティ!てか、先に言ってくださいよッ!」
「……ごめんなさい」
素直に頭を下げられてはどうしようもない。俺は右へ逸れながら、質問した。
ちなみに奴との距離は5メートル弱だ。
奴はなぜか机を登ろうとせず、馬鹿の一つ覚えのようにひたすら前にいる俺に向かって突進してきては、机にぶつかる動作を繰り返していた。なんだか俺以外が見えていないようだ。
「先輩!内側から外す仕組みはあるんですよね!?」
「…それは、」
「…先輩!?」
先輩は渋るように口ごもった。それではまるで言いたくないと言っているようなものだ。
後藤が俺の代わりに疑問を叫んでくれた。
「先輩、あるんでしょう!?どうして言ってくれないんです!だいたいなんだって内側から自動的に閉まる機能がついてるんですか!説明して下さい!」
俺の頭の中を様々な考えが浮かんでは消える。
先輩の不可解な行動、影の男、なぜか俺だけにキレる理由…
全てを並べて行く内に俺は一つの可能性に気がつく。
ーーーもしかして…
「先輩!答えてください!このままじゃ山手が…や、山手!マズい逃げろッ!」
そうこうしているうちについに奴が机の存在に気がついたようだった。ゆっくり上に登りこちらに来ようとしている。
マジでこのままだとマズイ…!
「後藤!とりあえずなんか呪術教えろ!」
「けど、そいつには効かないって…!」
「いいから!!」
俺の叫びに後藤は意を決したように頷いた。
「わかった。いいか、よく聞けよ」
「あぁ」
「ノウボウ タリツ タボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ、だ」
…………
「な、なんて!?」
日本語でオーケーなんですがっ!
後藤はだから、ともう一度今の理解不能な言葉を発した。
「ノウボウ タリツ タボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカだって」
後藤は山手早く!と叫ぶ。
ちょっと待たんかい。今のを俺に言えだと…?
こっちは成る程わからん状態だぞ。
こちらに向かってくる影を見て俺はヤケクソで叫んだ。
「のーぼんたぼはらしゃきんしゃきんおんえびそわか!!」
……当然だが、影は無反応だった。
「山手、ふざけてる場合じゃないよ!」
「めちゃくちゃ真面目だっての!そんな長い奴、覚えられるかっ!…だが、これでハッキリしたぜ」
俺は逃げるのを止め、影と向き合った。
後藤がギョッとした顔をした。
「なにしてんだよ!早く逃げろよ!」
「その必要はないんだよ。なぜなら、こいつは…」
俺は触れたくもない影に向けて勢いよく手を伸ばした。奴も向かってきていたため、はんばぶつかるように腕が影に吸い込まれる。
「山手!?」
う"ぅ…異様に冷たい感触。手の中にかすかになにかを掴めた。
追いかけられている時にゾッとした理由はこれか。
俺は冷静に分析してからグイッと腕を引き戻した。
影に吸い込まれた腕は全く傷つくことなく、至って健康体だ。
先輩も後藤も目を見開いてただ困惑しているらしい。
俺は、いまだに突っ込んできている影を交わしながら、説明を開始した。
「こいつは幽霊なんかじゃないからな」