第4話 魔王軍の幹部、困惑
「ククク……よくぞここまで来たな、勇者の末裔。我が名は魔王軍八部衆が一人、影刃のゼノン。貴様の命、ここで――」
「ちょっと、アルト! さっきから言ってるでしょ! 昨日の晩ごはんの片付け、なんで私が言わないとやらないのよ!」
脳内に響く絶叫が、男の名乗りをかき消した。アルトは抜いたエリスを構えたまま、眉間を寄せる。
「……今はそれどころじゃない。敵が来てる」
「それどころじゃないのはこっちよ! 食べ残しのスープが入った鍋を、そのまま馬車に積むなんて正気? 鞘が汚れるじゃない! 謝りなさい! 今すぐ土下座して謝りなさい!」
「……おい。勇者。無視するな」
ゼノンが剣を抜き、足を踏み出した。
「我が魔剣『デス・ブリンガー』の錆にしてくれると言っているのだ!」
「あ! 今、あいつ私のこと『錆』って言った!? 失礼しちゃうわね! 錆びてるのはその趣味の悪い黒い剣の方でしょ! アルト、あんな安物、三枚おろしにしてやりなさい!」
エリスが熱を帯び、刀身が赤く発光する。
「わかった、わかったから……。おい、ゼノン。悪いけど、こいつが機嫌を損ねてて話が進まないんだ。少し待ってくれないか」
「待てだと……? 貴様、死を前にして何を――」
「謝るまで抜かせないから! あとあいつ、声の出し方が古いのよ! 腹式呼吸からやり直させなさい!」
「……戦闘中に発声指導すんな!」
ズン、と腕に鉄柱のような重みがのしかかる。
アルトの膝が折れ、剣先が地面の泥にめり込んだ。
「……ぐ、あああ……っ!」
「なっ、何だその構えは!? 地面を斬る奥義か!?」
ゼノンが思わず一歩引く。
「違う……。こいつが、重いんだ……」
「重い? 伝説の聖剣が? ……まさか、俺の威圧感に、剣が恐怖しているというのか?」
ゼノンは少しだけ、顎を引いて胸を張った。
「はあ!? 恐怖!? 笑わせないでよ! アルト、ほら、スープの件はどうするのよ! 次のキャンプでは私が納得するまで磨くって約束しなさい!」
「……わかった! 約束する! 磨くから、軽くしてくれ!」
叫ぶと同時に、重さが消えた。
あまりの反動に、アルトは地面に突っ伏した。
「……ゼノンさん。悪い、今日は剣の調子が最悪なんだ。後日にしてくれ」
アルトは泥を払い、顔を上げた。
「……。……そうか。ならば、万全の時に貴様を仕留めてやる」
男は毒気を抜かれたような顔で、霧の中に消えていった。
「ふん。逃げ足だけは速いわね。それよりアルト、さっきの約束、忘れたら鼻を削ぐからね!」
アルトは、もう二度と鍋にスープを残さないと決めた。




