第2話 宿屋での密着生活
「……なあ、少しは静かにしてくれないか」
アルトは天井のシミを数えていた。
村を出て最初の町。ようやく横になれると思った矢先のことだ。
「静かにしろって何よ。私は500年分の積もる話があるの。だいたい、この部屋の湿気は何? 私の輝きが曇ったらどう責任取ってくれるわけ?」
枕元に立て掛けた剣が、脳内でキンキンと響く。
「(いや、普通の剣は文句を言わないが)湿気なんて、どこの宿もこんなもんだ。頼むから寝かせてくれ。明日は朝一番でギルドに行く」
「ギルド? そんなのより先に、最高級の鹿皮と研磨用のオイルを買いに行きなさい。さっきから左側が少しムズムズするの。あ、もしかして錆び始めてる!? ちょっと、今すぐ灯りをつけて確認して!」
アルトは重い瞼をこじ開け、隣を見た。
月明かりに照らされた白銀は、一点の曇りもない。
「どこも錆びてない。綺麗だ」
「……綺麗? ふん、当たり前でしょ。でも、あんたのその適当な褒め言葉じゃ、私の不安は拭えないわね。具体的に、どのへんがどう美しいか、千文字くらいで述べてみなさい」
アルトは布団を頭まで被った。
翌朝。
一睡もできないまま夜が明けた。
アルトは共同浴場へ向かうため、剣を掴む。
「ちょっと! どこへ連れて行く気よ」
「風呂だ。俺が体を洗ってる間、隅っこに置いておく」
「はあ!? 風呂!? 正気なの!? 湯気よ? 水分よ? 私を錆びさせる気ね! 勇者の末裔の皮を被った、稀代の武器虐待魔だわ!」
絶叫を無視して、脱衣所に辿り着いた。幸いにも貸切だ。
「置いておくだけだ。濡らしはしない」
「嫌よ! 離さないで! 湿気で私が死んだらどうするのよ! 一緒に入るなら、せめて撥水魔法を十重に掛けなさい!」
「そんな魔法、使えるわけない。……おい、重くなるな」
突如として、剣が鉛のような重量に変わる。
アルトの腕が床に向かって引きずられた。
「抜かせてあげた時の恩を忘れたの? 私は『世界で一番愛されたい武器』なのよ!」
「わかった、わかったから! 脱衣所の棚の、一番高いところに置く。それでいいか?」
少しだけ、重さが引いた。
アルトは震える手で、棚の最上段に剣を横たえる。
「絶対に、そこから動くなよ。あと、覗くなよ。恥ずかしいから」
「誰がアンタの裸なんて見るもんですか! こっちは500年前の、腹筋が八つに割れたマッチョな勇者たちを見てきたのよ。あんたみたいな、ひょろひょろの公務員志望なんて、視界に入れるだけで刃が腐るわ!」
湯船に浸かると、脳内の声が少しだけトーンを落とした。
「……ねえ。お湯の音、いいわね。500年ぶりだわ」
「そうか。……なら、少し黙って聞いてなよ」
束の間の静寂。
アルトが目を閉じかけた、その時。
「――でもやっぱり、あそこの隅の桶が汚いのが気になるわ! アルト、今すぐ洗ってきなさい!」
石鹸の匂いの中に、エリスの怒号が混ざった。




