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転生令嬢は例え死ぬことになっても、婚約を解消したい

作者: いかも真生
掲載日:2026/02/06

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

私は今、人生の岐路に立たされている。

豪華絢爛な応接室で、私は目の前の男の言葉を右から左へ聞き流していた。

彼の名はサイード。

私の婚約者であり、この国の第一王子だ。

シャンデリアが淡く顔を照らされた整った顔立ちの彼は、絵に描いたようなイケメンではある。


「リリアーナ、この間の園遊会での振る舞いは見事だった。だが、私の隣に立つ者としては、もう少し華やかさが必要だ。今度、新しい宝石商を紹介しよう。すべて私が見繕ってやる」


自信満々にそう言い放つ彼の声は低く、甘い。

けれど、彼の勧めてくる物は、尽く私の趣味とはかけ離れているのだ。


(私の希望は、聞いてはもらえないのね…)


それが、私がこの世界に転生してから何度となく心の中で呟いてきた言葉だった。


(あー、これ、悪役令嬢転生なら最高なんだけどな…)


もし私が悪役令嬢なら、この理不尽な婚約から逃れるために、ヒロインを徹底的に虐めて、さっさと婚約破棄してもらえばいい。

でも、私はリリアーナ・エヴァンスという名に心当たりがない。

つまり私は、王子との婚約という『華』(と思ったことはないけど)を失うだけで、その後の人生は地味なものになる可能性が高い。

心の中で悪態をつきながら、ティーカップを静かに置く。


「殿下。お言葉ですが、私は華やかさよりも質実剛健さを重んじております。宝石は、控えめなものを好みます」


私がそう言うと、サイードは少し眉をひそめた。


「リリアーナ、お前は私の妻となる身だ。王族に相応しい振る舞いというものがある。お前の好みなど、二の次だ」

(ほら、始まった)


自分の意見を押し付けるだけで、相手の言葉に耳を傾けない。

これが、私が彼を苦手とする最大の理由だ。

王族として、効率を優先させる彼の言うことに一理あるのも分かっている。

確かに王族として相応しい物は必要だ。

けれど、その総てが華美でなければならないのか?

私だって、婚約者との関係を良好に保ちたい気持ちがないわけではない。

でもこの人といると、自分の存在がどんどん薄くなっていくような気がしてならない。


(誰か…ヒロインがいるなら、早く来ないかな…)


私は心の底からそう願っていた。

物語のシナリオのようなものがあるのなら、ヒロインが学園に入学してくれば殿下は彼女に夢中になるはず。

そうなれば、私はこの婚約を、白紙に戻す大義名分を得られる。


「俺の話を聞いているのか?」


殿下の苛立った声が、静かな応接室に響き渡った。

重厚なマホガニーのテーブルに置かれたティーカップが、微かに震えている。

彼の前に座る私は、その声にも動じず。

窓の外に広がる庭園をぼんやりと眺めていた。

色とりどりのバラが咲き乱れ、風に揺れる姿が美しい。

しかし、私の心はどこか遠い場所をさまよっていた。


(聞いていますよ。くだらない)


私は心の中でそう呟く。

その言葉にはもはや彼に対する反発心すらなく、ただただ諦めと虚無感が漂っていた。

この世界に転生したと気が付いてから、もう十年が過ぎた。

前世の私は、ごく普通の会社員だった。

人混みは苦手で、休日は自宅で静かに過ごすのが好きだった。

小説を読んだり、音楽を聴いたり、自分の世界に没頭している時間が、何よりも心地よかった。

周りの意見に流されやすく、自分の意見をはっきりと主張出来ないことも多かったけれど、それでも自分の心の中にある純粋な想いを大切に生きていた。

そんな私がある日突然、この世界の侯爵令嬢、リリアーナ・エヴァンスになっていた。

前世の記憶を思い出した瞬間、私は絶望した。

何故なら、婚約者である人は、私の性格とは真逆の人間だったからだ。

彼は自信家で、人の意見には一切耳を貸さない。

彼の言葉は常に命令口調で、会話はキャッチボールではなく、ただ一方的なボール投げだった。

彼の言葉は、まるで固く閉じた扉に投げつけられる石のように私の心に届くことはないし、その逆も然り。


(どうして、こんなにも分かり合えないのだろう)


私の心は、常にざわざわと波立っている。

この世界の価値観。

この人との関係。

そして身分に縛られた、不自由な生活。

すべてが私の内側にある、静かで穏やかな世界をかき乱す。

殿下は、今日もまた「次の舞踏会では、私が指定したドレスを身に着けろ」だとか。

「社交で誰と話すか、事前に私に報告しろ」だとか、くだらない命令を繰り返している。

彼の話す言葉には、私の意見や感情が入り込む余地は一切ない。


(彼は私のことを、一体何だと思っているんだろう。自分の所有物か、それとも飾り物か)


私の心は、小さな痛みを伴って波打つ。

私の心の中には、この世界がもっと自由に、もっと優しく、もっと美しくあるべきだという理想がある。

しかし、現実との乖離はあまりにも大きい。


「……リリアーナ、聞いているのか?」


再び、彼の苛立った声が私を引き戻す。


「ええ。ですが殿下。そのドレスは、私の肌の色には合いませんわ」


悟られぬ程度に、指に力が入る。

普段は反論することを避けていたけれど、今日は少しだけ、自分の気持ちを伝えてみたくなった。

幼い頃以来の、小さな反抗。


「なんだと? 俺が選んだものだぞ。お前に似合わないわけがない」

「そうかもしれません。ですが、私は、もっと柔らかい色合いのドレスが好みでして……」

「くだらん。ドレスは、お前を美しく見せるための道具だ。好みなど関係ない」


彼の言葉は、私の心を深く抉る。

私は、道具ではない。

私には、私の感情や好みがある。


「殿下は、私のことを、あまりご存知ではないのですね」


発した声は、ひどく震えていた。

感情が波のように押し寄せ、抑えきれない。


「知っている。お前は、この国で最も美しく賢い令嬢だ。それ以上、何を知る必要がある?」

(ああ、もう。本当に嫌だ)


私の内側は、嵐のように激しく荒れている。

どうして、この人はこんなにも。

人の心に無関心なのだろう。

どうして、私のことを、私自身として見てくれないのだろう。


「ごめんなさい、殿下。私、少し疲れてしまいましたわ」


無理に笑顔を作り、席を立った。

彼の呆然とした顔を振り返ることなく、部屋を出た。

長い廊下を一人で歩きながら、涙が溢れてくるのを抑えられなかった。


(なんで、私はここにいるんだろう。なんで、こんなに辛いんだろう)


転生してからの日々は、常に不安と苛立ちと悲しみに満ちていた。

前世の私は、自分の内面世界を大切にすることで、心の平穏を保っていた。

しかし、ここではそれが出来ない。


(もしこれが、悪役令嬢転生だったら、どれだけ良かっただろう)


私は、何度も何度も、この考えを頭の中で反芻する。

悪役令嬢として婚約破棄をされれば、この男から解放される。

そして、私は自由に生きられる。

どこかの片田舎で、静かに本を読んだり、詩を書いたりして、自分の心を癒すことが出来るだろう。

私は、この世界の自分の名前に全く覚えがない。

前世で読んだ漫画や小説の、どの悪役令嬢にも当てはまらない。

だから、本当に私が悪役令嬢なのかすら分かっていない。

ただ、願望として、そうであってほしいと強く思っているだけだ。


(早く、ヒロイン、来ないかな)


私は、存在するかどうかも分からないヒロインの登場を、首を長くして待ち望む。

そして、そのヒロインによって、この男との婚約が白紙に戻されることを、心から願っているのだ。

それが、私がこの世界で唯一、望むことだった。


数日後、私は図書館で古い書物を読んでいた。

ここは私にとって、唯一の心の避難場所だった。

重厚な本の匂い、静寂に包まれた空間。

この世界に転生して初めて、穏やかな気持ちになれた場所。


「リリアーナ様」


声をかけられ、顔を上げた。

そこに立っていたのは、見慣れた青年だった。

彼は、婚約者である殿下の側仕えの一人だ。


「殿下が、お呼びです」


青年の声は、どこか遠慮がちだった。

殿下とは違い、彼の目には私への配慮が感じられた。


(また、何か言われるのかな)


重い足取りで、殿下の執務室へと向かった。

執務室の扉を開けると、殿下は椅子に深く腰かけ、私を睨みつけている。


「リリアーナ、お前は、なぜ俺の言うことを聞かない?」


その声は、冷たく、怒りに満ちていた。


「どうして、私ばかりが殿下の言うことを聞かねばならないのですか」


思わず本音がこぼれた。

自分でも驚くほど、その声は静かだった。


「当たり前だろう。お前は俺の婚約者だ。俺の顔に泥を塗るような真似は許さない」

「殿下は、ご自身のことばかり考えていらっしゃるのですね」


殿下の眉がぴくりと動いた。


「当然だろう。王家と侯爵家が結びつくこの政略結婚は、我が国の未来を左右するのだ。我々の結婚は、単なる感情の結びつきではない」


彼の言葉に、静かに頷いた。


「ええ、存じております。愛のない結婚であることは、重々承知しておりますわ」


私の声は、ひどく震えていた。

感情が波のように押し寄せ、抑えきれない。


「でも私は、あなたにとって、どうでもいい存在なのでしょうか」

「どうでもいいわけないだろう。お前は、この国の最高位の侯爵家令嬢だ。お前との結婚は、俺にとっても国にとっても最大の利益だ」


その言葉は、私を完全に突き放した。

私は彼にとって、感情も心もない、ただの利益のための道具でしかないのだ。

涙が溢れた。

それは、悲しみや絶望の涙ではなかった。

今までずっと、自分でも気づかないふりをしていた、心の奥底にあった純粋な想いが、ついに決壊した涙だった。


「わかりました」


私は、震える声で言った。


「この婚約は、白紙に戻していただきたいです」


殿下の表情が、驚きと怒りに染まる。


「何を言っている?」

「殿下は、私の意見を尊重してくださいません。私の心に耳を傾けてもくださいません。互いに尊重のない関係など、例え政略結婚であろうとも、私には耐えられないのです」


自分の心を偽らずに、まっすぐに殿下を見つめた。

私の内側には、もう何も残っていなかった。


「ふざけるな! 俺の許可なく、そんなことが許されると思っているのか!」


殿下は、椅子から立ち上がり、私に向かって怒鳴りつけた。


「許可など、いりませんわ。これは、私の人生なのですから」


もう彼に怯えることはなかった。

彼の怒りは、もはや私の心を傷つけることはできない。

私の心は、すでにボロボロになっていたけれど、その代わりに、新しい強さを手に入れていた。


(ああ、これでいいんだ)


心の中で静かに微笑んだ。


(これが、私自身の、婚約破棄だ)


悪役令嬢として婚約破棄をされることを望んでいた。

しかし、結局、私は自分でこの道を切り開いた。

殿下に深々と頭を下げた。


「お世話になりました」


そして、執務室を後にした。


(さようなら、私の不幸な婚約者。そして、さようなら、私の不自由な日々)


廊下を歩きながら、胸の奥から湧き上がる、新しい希望の光を感じていた。

これからは、自分の心に従って生きよう。

誰の許可も必要ない。

誰の意見も関係ない。

例え修道院に入ることになろうとも。

病死や事故死に見舞われようとも。

私は、前世の私のように。

自分の世界を大切に、自由に生きていける。

窓の外では、バラの花々が、風に揺れながら。

私を祝福しているかのように見えた。


ご一読いただき、感謝いたします

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