はじめに①
日本卒業【ホタテGOAL】は、本名でAV女優をしていた元熟女女優、人生アーティスト瀬戸恵子(59才)が、今まで経験してきた100種類300ヶ所でのフリーター(フリーアルバイター)経験を、「ホタテ加工場の仕事」を軸として、回想しながら展開するリアル体験本です。
仕事を通して、お金のコト、生きるコト、人生の法則を実体験から学んできました。
お読みいただく前に、人生アーティストとして生きてきた私の生き様である「規格外人生の内容」を簡単にお伝えさせていただきます。
1966年に静岡県熱海市で誕生。(現在59才)
ごく普通のサラリーマンの父と、洋裁やマッサージを自営していた母の元、予定外妊娠(出来ちゃった婚)の上、誕生しました。
私の妊娠によって「自分の人生が狂わされた」と感じた母は、私に対して愛情を注ぐことはありませんでした。昭和時代の感覚で言えば、厳しいしつけ。現代で言えば、虐待です。そんな環境で育ちましたから、10才の時には早く家を出ることを決意。その為に芸能界に進みました。
仕事はじめは中学2年生(14才)東京宝映タレント養成所に通った私は、テレビドラマの子役でデビューしました。その後、20才になる前まで毎年ワンクール(3ヶ月)だけ、タレントとして活動。
代表作は「欽ちゃんのどこまでやるの!」清六ドラマ「青空にシュート」です。その高視聴率番組に出演したことをきっかけに、芸能活動を休止することにしました。
その理由は、知らない人たちが突然声を掛けて来ることに対して、恐怖を抱いたからです。また、それまで芸能活動を快く思っていなかった母親でさえ、掌を返したような態度に心の底からショックを受け、人間不信になってしまったのです。
その頃(1980年)日本はバブル期の絶頂期でした。私はまだ若かったので、実際に大きな現金を手にすることはありませんでしたが、 日本中が活氣に溢れていた時代でした。
若者たちは定職に付かず、興味がある仕事、好きな仕事を選択するアルバイト生活でも十分生活できていました。ちょうど「自分探し」と称するフリーターが流行し始めましたので、私もその流行に乗ることにしました。そしてそのままずっと、自分探しをし続けた人生を送ってきたのです。
仕事の内容は多岐に渡り、イベントやテレビの制作、サービス業、ナイトワーク(水商売)、民間マッサージ、農業や水産加工などの季節労働からポルノ女優まで、興味を持った仕事を体験。
常に「安定よりも成長すること」を選択しながら、2023年(57才)までずっと、天職を探し続けてきました。
興味は仕事だけに留まりませんでした。
元々転勤族の家庭で育った私は、15才で一人暮らしを開始するまでに、既に9回引っ越しをしていました。
若い頃は完璧主義な性格だった為、嫌なことがあると直ぐにリセットさせる為に引っ越し。
20代後半からは「土地に呼ばれる」ようになり、呼ばれる度に引っ越していました。
それは日本国内だけではなく、海外生活にまで及び、引っ越し歴は2025年11月現在までに73回になりました。
物心が付いた5才位から、何かを教わることが嫌いでした。習い事を始めても、基礎が大切と指導される度、やる氣を直ぐに失せてしまい長続きしませんでした。
基礎は、誰かが先に経験し、作ったものです。それを見本にするのではなく、基礎を自分で作りたい人間もいるのです。
そんな性格と、早い時期から大人世界の中で生きておりましたから、学校教育には興味が持てず高校は3年で中退します。しかし、現実社会に対する好奇心は人一倍強く、「本当のこと」を知りたい思いから、各種多様なセミナーに高校2年(17才)の頃から参加してきました。
昔は現代と違い、お金に関するセミナー以外のものが、沢山あったのです。無料のものからお金を支払って学ぶものまで、参加した講演会やセミナーは、300回以上になりました。
アルバイトやセミナー受講や海外生活など、幅広く行動してきましたので、実際に会話をした出逢いの累計は7000人以上。以前は「愛に飢えていた」こともあり、恋愛至上主義でもありました。デート歴は2000人以上。交際歴70人。結婚を意識した同棲歴は6回。結婚は1度50日間だけあります。
人生の転機は何度もありましたが、一番大きな転機は、2011年3月11日に起きた東日本大震災でした。いわゆる陰謀論(論とは思っていません)を学んだからでした。その時「どうせ殺されるのなら、人間らしく自然の中で暮らしたい!」と強く思い、日本を卒業することにしたのです。イメージは、縄文時代のような原点回帰でした。
2012年7月から3年間、北マリアナ諸島「ロタ島」で、自然界に入門。落ちているココナッツを主食にしながら、島民の人たちの手伝いをして食事と交換するようなことをして、「お金を関与させない0円生活」をし、自然界のことを沢山学んだのです。変な日本人がいると噂になり、2013年5月放送のTBS「世界の果ての日本人Part8」に喜多恵子名義で出演もさせて頂きました。
その頃から始まった犬たちとの生活で、最大14匹(子犬12匹と親犬2匹)の犬たちと生活し、その犬たちから愛を教わったのです。
また、同時期に音楽の才能を授かりました。
突然、作詞作曲ができるようになったのです。
その歌詞は、人生に関するものであったり、自然に関する内容でした。約100曲近くオリジナルソングが出来上がり、私はその力を世の中に還元させようと、日本に帰国しました。
全ての経験は、現在の私の思考や行動の大きな裏付けとして、血となり肉となっておりますし、全ての経験は【他者の為に活かす為】、体験したものだと自覚しています。
2023年の夏から秋にかけて行った、北海道紋別市付近でのホタテの水産加工業務で、思いがけずに「フリーター代表人生のGOAL」を迎えることになりました。そこで、フリーター代表人生の終止符を記念して、新しい人生ステージに入る際の、名刺代わりに、自分史的な本を書いてみようと思いました。
執筆にあたり先に述べさせて頂きたいことは、この本の目的は、人生の生き方について、「何かを考え、氣付く」きっかけになって欲しい思いからであり、特定の個人や一企業に対して、攻撃を与えることを目的にはしておりません。しかし、現在世の中に出回っている情報は、操作されているものが多い為、現実に起きた事実を書くことは避けることはできませんでした。
この本の中の内容は北海道の水産加工の話しが中心となりますが、日本全国、季節労働や季節限定の派遣仕事は、どこも大小の差はあっても、同じような状況であります。
これからの日本を本当によくしたいと、みなさんが心底思うのであれば、ぜひ、この本の内容を参考にして頂き、改善して頂きたいと思います。




