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愛されずに育った元王女様は大怪盗に溺愛されています。  作者: 我、ヤンデレハーレムの良さを布教する者なり


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第2話 大怪盗、現る

 その宣言は、楽団の奏でる優雅な調べを真っ二つに断ち切った。


 音のすべてが消えたように感じられた。

 いや本当は消えているのだ。

 奏者の皆の手が止まっている。当然だ。


 王女の婚約者がこのような格調高い場で破棄を申し出たのだから周囲の人々が一斉に息を呑み──その後に生まれたざわめき。


 けれど私の耳には、遠い海鳴りのようにしか届かなかった。


 薄い金髪を揺らしながら、ミゲル・ロットは自信満々といった顔で私を見下ろしている。


 凛々しい顔立ち。

 けれどその眼差しには、私を「人」として見る優しさは欠片もなかった。いつからだろうか。

 昔はこんな人ではなかったはずなのに。


「……理由をうかがってもよろしいでしょうか、ミゲル様」


 声が震えないよう、喉の奥でそっと押さえつけた。理由はなんとなく察していた。

 けれどどうしようもなかった。

 ミゲルの心が私ではなく、彼女に惹かれていくのを感じていたから。──好みの問題か。


 私のような女より、庇護欲を駆られるような令嬢の方がミゲルは単純に娶りたかったのだろう。


 ミゲルはまるでゴミでも見るかのように片眉を上げた。


「理由も何も、君は……王女とはいえ、政治の道具でしかない。ハートバル家に男子が生まれぬのも、もはや呪いのようなものだっただろう?」


 会場という水面が揺れる。

 それは公然の秘密だった。

 私の母が国外追放されてから、ハラルドは多くの女性を抱いたが、誰もが子息を産めなかった。


 ハートバルの呪いと誰かが揶揄した。

 誰も庇わない。誰も目を逸らす。


 それが私という存在の全てだった。


「私には、君以外との縁談がすでに持ち上がっている。相手は言わずとも分かるだろう?」


──ゆえに、ここで終わりだ


 終わり、か。


 ミゲルは昔はよい人だった。優しかった。

 花や小動物を愛でるような人だった。

 そんな人が変わってしまった。愛や政治、あらゆるしがらみに心を捻じ曲げられてしまった。


 胸の奥で静かに何かが冷たく沈んでいく。


「……承知しました」


 ただ、それだけ言った。ミゲルは満足げに鼻を鳴らし、周囲の貴族たちがざわつく。


「王女殿下もお気の毒に」

「し、しかしそうすると跡継ぎはどうなる!?」

「それにしても、婚約破棄とは……」


 私に向けられる哀れみの視線は、どれひとつ心に触れなかった。体裁的な色が滲んでいたからだ。

 哀れんでほしかったわけでもない。

 ただ、もう少しだけ人間扱いして欲しかっただけだ。人並みの愛に触れてみたかっただけだ。


──その願いでさえ、叶わなかったのだけれど。


 そこへ青筋を浮かべた父ハラルドが勢いよく立ち上がる。片手に持っていたワイングラスが割れる


「よくも勝手に……! わしを誰と心得る!」

「ハラルド様。父から文が届くかと」


 ミゲルの言葉が会場の空気をさらに悪くした。


 ハラルドの怒声はやがて私を捉えた。

 破門か。処刑か。母のように国外追放か。

 そのどれでもよかった。どうでもよい。


(本当にバカみたいな人生だった)


 天井を見あげた。涙で滲む。

 その涙を掬う人もいない。

 頬を伝い滴る雫を、


「おっと、泣いてる子を見つけた」


 優しい人差し指が私の頬を撫でた。

 と、同時。部屋の照明が落ちる。

 暗黒。暗転。奇怪な状態だ。


「な、なんだ! 何をしたシェリル!」

「わ、私はなにもしておりません!」

「ならなぜだ! なぜ部屋が暗くなった……!」


 空気が変わる。

 音のすべてが凍り付いたかのように静まる。

 かちり、と広間の壇上にのみ明かりが灯る。まるでそこに注目しろと言わんばかりだった。


「……あれは」


 私は小さく声を漏らす。

 照らすスポットライト。

 ふわり、と黒い影が踊る。人々の間にまるで夜そのものが形を持ったかのように、静かに。優雅に。


 美しい、そう思った。


「さぁさぁ皆さん、僕にご注目」


 仮面越しに覗く黄金の瞳。

 その瞳に思わず息を呑んだ。


──大怪盗・ギデオン。


 会場の誰もが震え上がる中、彼だけが舞踏会の主役のように微笑む。

 そして、少しだけ私の方へ顔を向けて言った。


「はじめまして、ギデオンと申します」


 甘く、危険で、どこか救われる響き。


 この夜、この瞬間。

 私の人生は確実に軋みを上げて動き出していた。

 恐らくそれは、想像もしない方向に。

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