第四話 廃棄物処理業者と桃色の象
結論から言えば、予想通りだった。
驚く様なこともない。
俺が追って来たのは、廃棄の山の中でも――タールの行方だ。
廃棄業者の保管所の扉を開けたミナが、目の前に現れたタール樽の山の、"どピンクっぷり"に「目が、目が……」となっただけの話。
まあ、ちょっとした報いだろうな。
人を煙に巻くような真似なんてしてりゃ、偶にはそういう目にも遭う。
まぁ、相当光ってたーーミナが仰反るくらいに。
で、まとめて廃棄されたタール樽が、いくつもの商会からわざわざ集められ、同じ場所に保管されていた。
偶然じゃない。仕組まれてたってことだ。
誰かが、明確な意志をもって、まとめて“ここ”に誘導した。
金の為って話なら、まあ聞かなくもないが――
人を殺してまで押し通すには、ちと見合わない。
口封じまでやる時点で、裏にはもっと別の事情がある。
となれば、これは俺の領分じゃない。騎士団案件だ。
俺の出る幕じゃない――本来なら。
けど仮にだ。
廃棄の裏に、大量殺傷や大規模な破壊目的があったとしたら――そこだけは確認しておいた方がいいだろう。
そう考え、普通に買えばいい物や、量がいらない物。
そもそもその目的で使えない物。
弾いていった残りがタールだった。
そしたら見事、案の定、めでたく、各商会からまとめて廃棄誘導された樽の山に出くわした。
先にミナに扉を開けさせて笑ってやる所まで、完全に予定どおりだ。
こういう類の予想ってのは、ハズレろよって願うほど駄目なもんだ。
……まあ、その辺りは一旦置こう。
持参した廃棄物管理票との照合に少し手間取った程度で、他はすんなり。
想定外だったことは、ふたつしかない。
ひとつは、受付の名前記入時、俺が名前を書いたあと、ミナが「ミナ・ホワイトパ」まで書きかけたところで、俺の鼻から何かが噴き出たこと。
もうひとつは、犯人に繋がるかもしれない痕跡を、そこから掴んじまったこと。
きっかけは、あるご婦人が花壇に水をやっていた、それだけの話だ。
目を潰されたミナが仰け反って、のたうち回るのを暫く見学した俺は、近くの作業員に、連れを休ませくれるよう頼んだ。
引き気味で一部始終を見ていた作業員は、快く了承した。
休憩所に案内されて、ミナを寝かせる。
俺はそっと彼女の手を取って、自分の頬に当てる。
そして優しく「大丈夫か?」と――もちろん、痕跡色を共有してもらう為だ。
ところがこの女、氷のような目で俺を睨むだけで、察しは最悪。
黙ったままそれなりの時間が過ぎ、作業員が「ごゆっくり」と言って去っていく。
口頭で説明しようとすると、「殺すことに決めた」ときた。
おいおい、いい歳して何を言う。
俺だって剣術はそこそこやる方だ。
やろうと思えば一発で……と思ったが、まあ、同レベルに堕ちるのもアレなので、武者震いする足を抑えて、少し丁寧に頼むことにした。
時間は食ったが、なんとか痕跡色の共有は完了。
再び保管所へ戻ることに。
途中、改めて見直すと、ピンクはちらほら程度。
誘導の痕跡なんて、そこら中にあるかと思ったが……
……意外と、光ってねぇぞ?
まあ、当然だ。
光る条件──ミナ曰く、
「特定の個人への意図的な誘導があって、その個人が自由意志で誘導に沿った場合に、その対象物がピンク色に染まる」
つまり、"コイツにこれをこうして欲しい"。もしくは"コイツがこうなって欲しい"。ぐらいなもんしか光らない。
ついでに、強い意志ほど長く、強く光る。
逆に言えば、弱い意志はすぐに消えるってことだ。
強制的な指示じゃ光らない。
実際、光ってなかったのはゴルダニルの樽だ。
……強制されたら、自由意志じゃねぇしな。
……となると、選択肢がない状況だとどうだ?
ミナは猪の例を出したが動物が相手でも光んのか?
動物自体は?人間自体は光んのか?
俺があれを触って欲しいって誘導したらどうだ?
いや、やめておこう。あれが光っても困る。
いや、別に悪かねぇんじゃねぇか?
そんな感じで周囲を眺めていた時だ。
上品な雰囲気の小柄な婦人が、ピンク色に光る象の形をしたジョウロを持っていた。
……これはっ!と痺れが走った。
俺はそのピンクの象さんを手にした婦人の後をつける。
中庭に移動したピンクの象さんを持つご婦人。
ピンクの象さんを持つご婦人は、ピンクの象さんで草木の一株ずつに優しく水を与えはじめた。
そして次々と花壇の土を潤してゆく。
やがてタール保管場所側面すぐ脇の花壇に差し掛かる。
朝の光を浴びた、白い滴が花びらに煌めいていく。
乾いた土に、水の染み込でいく音が静かに響く様だった。
俺は目が離せなかった。
ーーそう、ピンクの象さんから。
するとどうだ。
壁がピンクに光りやがった。
聞けば、その花壇は、半年前まで別の女性が世話してたらしい。
象さんジョウロも、その女性からのお礼の品だそうだ。
壁を探れば、基礎の木材部分が腐り落ちて、少し削れば無数の穴だ。
中には薬剤。明らかに、工作の跡。
ゴルダニルを殺した奴かは不明だ。
だが、少なくともその女は、ご婦人を使って、保管所の壁に仕掛けてたってことだ。
女の特徴だが――この世代のご婦人相手に聞き取り技術なんてものは要らない。
「おはようございます、綺麗に咲いてますね」
これだけ準備して、あとは「あっ、はい」と「そうなんですね」を繰り返すだけでいい。
彼女達は、ニコニコと適当な真剣味のある相槌だけがあれば、関連する個人情報を自ら率先して喋るように組み込まれている。
「素敵なジョウロですね」なんて高度な技術すら必要ない。
問題があるとすれば、
「そうねえ……とても元気で、よく通る声をしていたわ。目元がね、かわいいの――――孫と同じぐらいの年齢だから私も女の子の孫がいたら――――小麦色のお肌が――――少したれ目で、やさしい雰囲気があったの。泣きぼくろもあったし余計にねぇ、やっぱり女の子は――――ほっそりしているのに、胸元が印象的でねぇ。羨ましいわよねぇ、あらやだ、そういえば――――そうそう、それに襟元から、ほら、三つ並んだホクロがちらりと見えていたのよ。うちの息子も鼻伸ばしちゃって――――話していると襟元のホクロをついつい――それで追いかけていくと自然と胸元に、それで息子に、それはあなたが――――今日事務所にいるのが息子で――――孫は今年18歳に――――そうねぇ金髪が素敵よね、耳の辺りで――――背は私と同じくらいかしら、私ももうちょっと――――」
……時間が無限に溶けていくことだ。
つまりだーー。
低身長、地黒、金髪ショート、タレ目に泣きぼくろ、巨乳。
そして、その谷間に誘因するように存在する三連ボクロ。18歳くらいの女。
……ペラ紙一枚の似顔絵図で、すでに俺の脳内に立ってる。
なんでその女が壁を狙ったか?
理由は――そりゃタールを盗むためだろう。
それも、半年以上も前から、計画的に。
太陽が地面を温め始めた。
ぬかるんだ庭道、作業員の声がちらほら聞こえ出す。
半年以上前から壁を壊す準備。
強い思いで、各商会から廃棄させられたタール。
その背後に、口封じされたゴルダニルの姿。
……俺は正直、そこまで火急の事態なんて、そう近くにはないとタカをくくってた。
ぬるま湯に浸かり過ぎてたツケだ。
しかしそのぬるさの残滓の中に……
今、芯から冷える感覚が走った。
額に汗が滲む。
声が漏れる。
「……ヤバいかもな」
少なくとも、決断の岐路は来ている。
どっちに進むか。時間はあまりなさそうだ。
俺はーーミナに相談することにした。