7ページ目、の行方
「オルランド、いるか?」
扉をたたく音とほぼ同時に、アイーダが顔をのぞかせた。夕暮れどきの執務室で机に向かっていたオルランドは、机上に広げていた帳面をさっと閉じた。
「なんだ? それは」
「なんでもありませんよ。何かご用ですか、団長」
オルランドはさりげない手つきで帳面を引き出しにしまい、立ち上がって上官を迎えた。
「ごまかすな。いま何を隠した?」
「団長はお知りにならないほうがよろしいものです」
あっさり開き直った副官に渋い顔をしたアイーダだったが、すぐにはっと表情をあらためた。
「まあ……おまえも男だし……」
「何を考えていらっしゃるのか大体想像はつきますが、違います」
上官の生温かい笑みを、オルランドは某国第二王子もかくやという氷の微笑で粉砕した。
「とにかく、団長にはお見せできません。関わると不幸になります」
「おまえが不幸にするの間違いじゃないのか? なんだか知らんが、ほどほどにな。あんまり他人の恨みを買うんじゃないぞ」
「ご心配なく。加減は心得ておりますので」
上官の懸念をさらりと受け流し、「それで」とオルランドはつづけた。
「ご用件は。ちなみにわたしの勤務時間はまもなく終了しますが」
「わかっている。だから来たんじゃないか」
楽しい秘密を打ち明けるように、アイーダはオルランドに顔を寄せた。
「これからアレンの歓迎会をやるんだそうだ。アレンを驚かせようと皆でこっそり準備していたらしい。わたしたちも早く行こう」
ああ、とオルランドはうなずいた。
「アングレーシアの蜂蜜酒があるそうですね。アレンも喜ぶでしょう」
「よく知ってるな。もしかしておまえが幹事なのか?」
「いいえ。前に声はかけられておりましたが……まあ、今夜は団長おひとりでどうぞ。わたしが行くと皆も気まずいでしょうから」
「何を言ってるんだ」
オルランドの遠慮を、アイーダは豪快に笑いとばした。
「そんなわけないだろう。だいたい歓迎会なんだから数は多いほうがいい。おまえがいればアレンも喜ぶし」
いったん言葉を切り、アイーダは悪戯っぽい目で副官を見上げた。
「わたしも嬉しい」
オルランドは目を見開き、それからかるく天を仰いだ。遠くで夕刻を知らせる鐘が鳴る。その残響が消え去らぬうちに、オルランドはアイーダの肩に手をそえて身をかがめた。
「……おまえ」
アイーダは口を押さえてオルランドをにらみつけた。つり上がったまなじりの、ふちをほんのり赤く染めて。
「勤務中だぞ」
「わたしの勤務はたったいま終了しました」
すずしい顔で応じるオルランドの胸を、アイーダは拳でかるくたたいた。
「おまえ、つくづく変わったな。まったく、最初のあれがどうしてこうなったのか……」
「あなたがそれを言いますか。まあ、わたしにも多少の甲斐性はあるということで。それから、いまの髪型もお似合いですが、髪の長いアイーダ様もぜひ見てみたいですね」
「なんだそれは」
意味がわからん、とアイーダは黒い巻き毛をかきまわした。
「とにかく早く行こう。皆が待ってる」
「魔術師どのも?」
「いや、シグルトは姿が見えないんだ。たぶん“金の雌鶏”亭に行ったんだろう。最近ずいぶん通いつめているらしいからな」
「なるほど、給仕のロッタ嬢ですか」
「だからなんで知ってるんだ? ときどき怖いぞ、おまえ」
それから二人は肩を並べ、夕陽に染まる執務室を後にした。引き出しの中で静かに眠る帳面のその後は、誰も知らない……




