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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第六章
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第52話 真相は闇の中

 弟子をとる気など、はじめはなかった。


 ひとにものを教えるなどまっぴらだし、そもそも他人に近くにいられるのが好きではない。女は──妙齢の、という条件つきで──べつだが、それでも特定のひとりと長続きしたことはなかった。


 それが、ふたをあけてみれば七人もの弟子をかかえ、おまけに皇帝のなりそこないと腐れ縁を生じさせるまでに至ったのだから、まったく人生というものは──


「……ろくでもねえ」

「何かおっしゃいましたか、師匠」


 前を歩く老人がふりむいた。


「おまえらのせいで苦労させられっぱなしだって言ったんだ」

「それは申し訳ありません。ですが、苦労させられたという点ではお互い様ではございませんか」

「ぬかせ。おまえらはおれだけを相手にしてりゃあよかったんだろうが、おれはおまえら七人を我慢せにゃならんかったんだぞ。総量では絶対おれのほうが損してるだろ」

「ご謙遜を。われらが束になってかかっても、師匠にはとてもかないませぬよ」


 暗い森を、二人は歩いていた。鬱蒼うっそうと生い茂る木々が月光をさえぎり、あたりは重い闇につつまれていたが、二人の足どりに迷いはなかった。


「あの王子は、なかなかの傑物けつぶつにございますね」


 独り言のように老人がつぶやく。


「あのお方によく似ている」

「どこがだ。似てるってなら、あの姫さんのほうがよっぽど似てるだろ」

「たしかに、血の濃さでいえばあの皇女のほうが上なのでしょう。ですが、わたしはやはりあの王子のほうに近しいものを感じますな。鏡ごしでしたが、初めてあの王子を見たときは驚きました」

「……おまえ」


 シグルトは顔をしかめた。西日さしこむ塔の部屋。あの部屋の壁には、たしか古ぼけた鏡がかかっていた。


「のぞき見してやがったな? あのガキ、おれに何しやがった」

「さあて」


 暗闇の向こうから笑いの波が伝わってくる。


「師匠が本当にお知りになりたいのなら、お話しいたしますが」


 シグルトは眉間のしわを深くした。知りたいのはやまやまだが、知って後悔するのもごめんである。こういうときは、関わった者全員を闇に葬り、すべてを「なかったこと」にするのが最も気のきいた方法なのだが……


「着きました」


 老人に言われるまでもなく、そこが問題の場所だとわかっていた。さっきから身の奥がうずいて仕方ない。


 森は唐突にとぎれ、目の前にぽっかりと草地が広がっていた。惜しみなくふりそそぐ月光のもと、草地に一本の巨木がそびえている。ねじれた幹に裸の枝。夜空を這う黒い枝は、いまわの際につきだされた死者の腕にも似ていた。


「この馬鹿」


 シグルトは吐き捨てるように言った。


「雑な開け方しやがって」


 大人が数人がかりでようやく抱えられようかという太い幹には、ひと一人がすっぽりおさまりそうなうろが口をあけていた。


「お怒りになるのはそこですか」


 老人は首をかしげる。


「まあ、あなたらしいおっしゃりようですな。物事の善悪より術の善し悪しとは」

「阿呆。おまえがやらかしたことについちゃ、怒る怒らねえ以前の問題なんだよ。あきれて怒る気にもなれねえってだけだ」

「それもこれも、すべて師匠のためにございますよ」

「よせ」


 苛立ちをぶつけるように、シグルトは地面を蹴りつけた。

 あまり認めたくないことだが、シグルトは自分自身に腹を立てていた。かつての弟子の変化を見抜けなかったことに。よりによって自分の目の前で、あの王子に黒を植えつけられておきながら、それにまるで気づけなかったことに対して。


「おまえに師と呼ばれる筋合いはねえ」

「破門ということですかな」

「被害者面もやめろ。先に道を踏みはずしたのはおまえだ」


 厳しい言葉に、老人は痩せた肩をおとした。


「……あなたには、おわかりになりますまい」


 百年、と、老人の口からかわいたつぶやきがもれる。


「長うございました。辛うございました。解なき解をもとめ、道なき荒野をさまようがごとき日々……ともに研鑽し、励ましあった仲間にも先立たれ……最初に逝ったのはグリード、二年おいてエステバン、ヘルゼンとヤンは術の暴発にまきこまれて一緒に……バルタザルは最後まであなたのことを……」

「罵っていたんだろ」


 シグルトはそっけなく老人の言をさえぎる。


「もういい。よせ」


 老人はとらえどころのない表情でシグルトを見た。


「あの方も、最期は……」

「よせと言っている」


 にらみつけた先で、老人はほうとため息をついた。


「あなたはお変わりになりませんな。百年前と変わらず傲慢で、尊大で……度し難い臆病者」


 シグルトが口を開くより先に、老人はさらに言葉を継ぐ。


「そして、相も変わらず目をそむけたくなるほどの才の持ち主でいらっしゃる。まこと、あなたのお力には驚嘆いたします。なにゆえあなたはそうも平然とされているのか。わたしなど……」


 これを、と老人は自らの胸に手をあてた。


「《《これ》》を宿してからというもの、ただのひと時も心が休まることがないというのに」


 老人は苦しげに顔をゆがめた。


「最初に触れた者のことは、よく覚えております。旅の楽士でございました。気のいい若者にございましたな。《《これ》》に屈しまいと悶えるわたしを案じ、何くれと世話を焼いてくれたものです。それが、あのようなことに……」


 嘆きの吐息とともに、老人は顔を伏せる。


「ひとり喰らえば、あとは坂を転がるようなもの。欲の向くまま、どれほどの命を吸うてきたことか。しかし、いくら喰ろうても、飢えはおさまりませぬ。喰らえば喰らうほどに渇きはつのる……だのに、なにゆえあなたは……」

「おれもおまえと同じさ。腹も減ってるし喉も渇いてる」


 そう、ずっと飢えている。目覚めたときからずっと。あの黄金色の酒や温かい食事は悪くなかったが、はげしい飢えを満たすには到底足りなかった。


「そんなに苦しいなら、なんでもっと早く言わなかった」

「それは無論」


 老人は顔をあげた。かつては水色に澄んでいた両の瞳は、深い闇の色に沈んでいた。


「あなたの火種が尽きるのを待っていたからにございますよ」




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