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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第五章
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第49話 男はいつでも格好よく

 一刻も早くここを離れろと指示するギルロイに、「じつは」と蜂蜜酒の親爺の息子が手をあげた。


「この岩山をまわったところに洞窟があるんです。昔の採掘夫が使ってたところだと思うんですけど、なかはけっこう広くて、でも入り口はすごくわかりづらくできてるんで、身を隠すにはちょうどいいかと……」


 そこに父親たちをかくまうつもりでやってきたのだと語った若者を、当の親爺が怒鳴りつけた。


「おまえやっぱり昔ここで遊んでたんだな!? 危ないから近よんなっていつも言ってただろ!」

「ごめんて、父ちゃん。でもおかげで助かったんだからいいじゃないか」

「阿呆、まだ助かったわけじゃねえ!」

「そのとおり」


 ギルロイのおごそかな声が親子喧嘩を中断させた。


「急いでそこへ向かうとしよう。案内を頼めるか」

「まかしといてくださいよ」


 若者は頼もしく請けあい、父親を背負って歩きだした。その後につづく住人たちを見送りながら、アレンは先ほどやりあった領主の私兵の手から宝剣エルシルドをもぎとった。ついでにさやも回収したが、そこに剣はおさめなかった。


「アレン王子、おぬしも早く……」


 アレンが口元にひらめかせた笑みですべてを了解したように、ギルロイはほうと息を吐いた。逃げる住人たちの間でローザが赤毛をゆらしてふりむく。


「お兄さん……!」


 アレンはかるく手をあげてこたえたが、その場を動こうとはしなかった。他の者に引きずられるようにローザが岩陰に姿を消すと、あとにはアレンとギルロイだけが残された。


「これだから若い者は度し難い。無駄にいきがって命を粗末にしおる」

「そんなんじゃないって」


 なんで誰も彼も自分を格好つけたがりに見るのかな、とアレンは首をひねった。誰かによく思われたいとか、ほめられたいとか、そんな気持ちでここに留まっているわけではないのに。


「どのみち足止めはいるだろ」


 近づいてくる馬蹄の響きは複数。対してこちらは徒歩、しかもその半数は体にどこかしら故障を生じさせている。何も手立てを講じなければ、洞窟にたどり着く前に追手に捕らわれることは目に見えていた。


「無理をするでない。その左腕、もうほとんど動かぬのであろう」

「それわかってて真っ先におれを出ていかせたの誰だよ」

「うっ、腰が……最近とみに痛むのう。年はとりたくないものじゃ」

「小芝居やめろ、ジジイ」


 さっきまでしゃきんと背筋をのばしていた老賢者に、アレンは冷ややかな眼を向けた。


「ま、たしかにこっちは役に立たないけどさ、まだ片方のこってるし」


 右手で剣を構えながら、それに、とアレンは続けた。


「無理してるわけじゃないから」


 誰に強制されたわけでもない。自分がやりたくてやっていることだ。大切なひとが無事でいてくれるように、これからもずっと笑っていてくれるように、自分ができることをやる。ただそれだけだ。


 それが「格好つけてる」ということなら、それはそれでかまわない。だけど、同じことを長兄がやると「かーっこいい……」と誰もが熱い吐息をもらすに違いないのに、自分だと心配されるか揶揄やゆされて終わりというのがせない。


 ──それはおまえが頼りないからだ。


 不意に、長兄の声が聴こえた気がした。あれはたしか初陣のときだった。頬についた返り血すら華麗に見える笑みをたたえたエドガーは、無茶をして危うく命をおとしかけたアレンの頭に拳骨を食らわした後にこう告げた。くやしかったら強くなれ、おれのように、と。


 あれは反則だろってくらい格好よかったな、とアレンはそのときの兄の精悍な笑みを若干のくやしさとともに思いおこした。アレンが答える前に「はい、兄貴!!」と、その場にいた兵全員が野太い声で応じたのにはちょっと引いたが。


 まだ兄には及ばなくとも、あのときよりも自分は成長したし、知恵もついた。できることも多くなったはずだ……たぶん。


「なるべく時間稼いで、どうしようもなくなったら身分明かすから。王子だってわかったら、さすがに殺しやしないだろ」

「どうかのう。信じてもらえぬかもしれぬし、信じたとしても、毒食わば皿までということで口封じをしにかかるかもしれんぞ」

「そのときはそのときで何とかするさ。だからギル爺も早く逃げろよ」

「冗談ではない」


 ギルロイは杖を構えてきっぱりと宣言した。


「おぬしひとりをのこして行けるか」


 やだ格好いい、と思わずときめいたアレンだったが、つづく一言で一気に冷めた。


「ここで活躍すれば大モテ確定じゃろうが」

「……ああ、すげえモテるぜ。間違いない。じゃ、ここは任せたわ。心おきなく活躍してくれ」

「年寄りをおいていく気か!?」

「はいはい、冗談冗談」


 アレンはため息をついて黒髪をかきまわした。


「ところで、さっきの火薬まだある?」

「あれが最後じゃ」

「んじゃ、ほかに使えそうな魔術は?」

「使い魔をあやつれる」

「それは知ってる。ほかにねえの? あ、ピーちゃんは危ないから離れてような。気持ちだけもらっとくから」


 ぱたぱたとアレンの肩に舞い降りた小鳥はこくりとうなずき──丸っこい体型ゆえ、どこからが首なのかわからず、はた目には前傾姿勢になっただけにしか見えなかったが──ふたたび夜空へ飛び立っていった。


「魔術は万能ではない。そもそも人を傷つけるような術は禁忌とされておる」

「それ、おたくの師匠によく言っといて」


 ひづめの音は間近に迫っていた。追跡者のかかげる松明の灯が岩の壁にちらちらと照り映える。


 アレンは手ぶりでギルロイをさがらせ、身をかがめて両足に力をためた。まず一騎、と神経をとぎすませる。まずは先頭の一騎をやる。馬を奪えれば上々、それが叶わなくとも転ばせて後続を止める。


 一騎目が岩陰から姿をあらわすと同時に、アレンは地を蹴った。


 ──ゴウッ!!


 刹那、熱風が吹いた。


 暴力的な風にあおられ、アレンの身体は岩場にたたきつけられた。あおむけに倒れた視界で紅蓮の炎が夜空を焼き、追跡者の悲鳴と馬の甲高いいななきが耳を打つ。

 めくるめく炎は、しかし一瞬で消えた。冷たさをとりもどした濃紺の空に、黒々とした巨大な影がふたつよぎる。


「デイジー! ジーク!」


 アレンの歓呼の声が夜空にこだまし、二頭のドラゴンはひらりと身をひるがえした。


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