第43話 お支払いは即金で
「いらっしゃ……きゃああああっ!」
にぎやかな酒場に足を踏みいれたとたん、女給の奇声に迎えられてアレンは面食らった。
「あらやだ! まあやだ! なんてことでしょう!」
「ええと、どういうことでしょう……?」
エプロンをつかんで身をよじる女給に、アレンはたじたじとなった。とりあえず熱烈に歓迎されているらしいことはわかったが、こめられた熱の高さと方向があきらかにおかしかった。
アレンのとまどいをよそに、栗色の髪の女給は店の奥に向かって声をはりあげる。
「ちょっと、ローザ! ローザったら! いらっしゃいよ! お兄さん来たわよ!」
「あら、昼間の?」
ああやっぱりあいつも来たのか、と思ったところで、
「ちがうわよ! ちっちゃくて可愛いほうの!」
言葉の鈍器でぶん殴られた。
ちっちゃくないもん普通だもん……と、いじけているところに赤毛の女給が駆けよってきた。
「あらあ、お兄さん!」
前回ギルロイの館までの地図を書いてくれた女給だった。
「あ、先日はどうも……」
「まああああ、よく来たわねえ!」
「え、うん。ところであのおっ……」
「ここ座って! その外套暑くない?」
「や、へいき……」
「こっちにかけとくわね。あらやだ、ここ破れてる。あ、お腹すいてるわよね。ねえマルタ! とりあえずあのパイもってきてあげてよ!」
なんで女のひとって他人の話聞かないんだろ……いや、女ってだけでひとくくりにしちゃだめだってエド兄が言ってたっけ……なんてことをぼんやり考えているうちに、アレンの目の前にほかほかの玉ねぎパイと蜂蜜酒の杯と、ついでにごつい店主まであらわれた。
「いよう、兄ちゃん! よく来てくれたな。これは店からのおごりだ。それで、かわりと言っちゃあなんだが、あんた雨漏り直せるかい」
「この店の? どっから漏ってんのかがわかれば、まあなんとか。明日でいい?」
「もちろんだ! 今夜はゆっくりしてってくんな」
粋に親指をたてて店主がひっこむと、かわって満面の笑みを浮かべた女給たちがアレンの前に陣取った。赤毛のローザと栗色の髪のマルタ。
ふたりとも仕事はいいのかと心配になりながらも、空腹だったアレンはとりあえずパイにかぶりついた。久しぶりの温かい食事は文句なしに美味で、アレンはぎりぎり見苦しくない程度にがっついた。
「ね、お兄さん」
わくわく顔のマルタが口をひらいた。
「お兄さん、あのひとを追っかけてきたの? あの銀髪の」
「そうだけど」
「キャーッ!!」
耳がきーんとなるような悲鳴をあげてローザとマルタが手をとりあった。さっきからなんなんだ、このお姉さんがたは。
ギルロイの館でシグルトに逃げられたアレンは、ひとまずアングレーシアの丘の塔へ向かった。魔術師が古巣にもどっているのではと考えたのだが、残念ながら塔は無人で、ならばとこの酒場を訪ねた次第である。
ちなみにジークは塔でお留守番だ。街なかにドラゴンで降り立つわけにもいかないので。
「一度くらいじゃあきらめないってことね」
なぜか瞳をきらきらさせているローザに問われて、アレンの頭にまっさきに浮かんだのは、いつぞや魔術師に灰にされた請求書だった。
「あきらめてたまるかよ」
あれはいつか絶対受けとらせてやる。そんな思いを胸にアレンが力強く宣言すると、今度は声もだせない様子でふたりは悶えはじめた。ほんとなんなの、このひとたち。
「愛ね……」
「愛だわ……」
ええまあ、金銭への愛着なら人一倍ありますが。
「おれも訊いていいかな。あのおっさんもここに来たんだろ? どこ行った?」
「ああ、それ気になるわよね。でも、ごめんなさい。あたしたちもわかんないの」
ローザが言えば、マルタもうなずく。
「サム爺さんと話してたと思ったら、すぐにふたりで出ていっちゃって」
「サム爺さん?」
「前も会ったでしょう? あの薬酒のおじいさんよ。あのふたり、知り合いだったのね。あ、そうそう、あのお兄さんがこれをあなたにって」
ローザがエプロンのポケットから折りたたんだ紙をとりだしてアレンに渡した。書き置きとは殊勝な、と意外に思いつつアレンは紙面に目を走らせ──卓に額を打ちつけた。
「……っんのド腐れ中年!」
──勘定書。蜂蜜酒、三。ウサギの煮込み、一。
「しかもひとりで三杯!?」
「あ、一杯はサム爺さんの。だからこの分は引いとくわね」
蜂蜜酒一杯分、お代とともに魔術師の罪もちょっぴり軽くなった──わけではもちろんなかった。
「おれはあいつとは無関係で……」
「いまさらなに言ってんのよ。お兄さんが払ってくれないと、あたしのお給金から引かれちゃうんだけど」
「……払います」
ローザに代金を渡しながら、アレンは心の中の請求書に飲食代の一項目をつけたした。
「てか、ウサギあるんだ」
「食べる? ちょっと待っててね」
にっこり笑ってマルタが厨房に向かうと、ローザはアレンに顔をよせた。
「ねえ、あなたもギルロイ様には会えたのよね」
その声にかすかな怯えを感じとったアレンは、さりげなく店内を見わたし、ある一点に目をとめた。




