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第40話 見習い少年の日記

*氷月の三日*


 旅にでるなら日記をつけるといいよ、ギル君。

 そうすすめてくれたのは兄弟子のヤンさんだ。はじめての土地で見たこと、耳にしたこと、出会った人のこと、それからもちろん師匠のこと、全部書きとめておくといいと。


 そしてできれば、あとで読ませてくれるとうれしいなと、にっこり笑って言ったヤンさんに、ぼくもにっこり笑って「もちろんです」と答えた。


 そう、ちゃんとわかってるんだ。ぼくの見聞きしたことに、ヤンさんがこれっぽっちも興味がないってことくらい。ヤンさんはぼくの日記をすみからすみまで読んで、師匠の弱味を見つけだしたいだけなんだ。書いたぼくですら気づかないような、ね。そういうの、ヤンさんはとっても得意だから。


 六人の兄弟子のなかで、いちばん腹黒いのはヤンさんなんだろうなあ。おっと、あとでこの頁はやぶっておかなくちゃ。



*氷月の十日*


 無事師匠のもとへたどりついたはいいけど、残念ながらサリムさんは留守だった。おまけに師匠もアスラン大公も、ぼくをおいてどこかへ行っちゃった。仕方ないから、いま暖炉の前でこの日記を書いている。せっかくだ、アスラン大公のことを書こう。


 アスラン大公は──「大公」はよせって言われたけど、まさか呼びすてにもできないからアスラン大公で──はじめ怒って帰ってきたから、もしかして怖い人なのかなって思ったけど、ぜんぜんそんなことなかった。年は三十くらいかな? 美男子てわけじゃないけど、すごく感じのいい人だ。顔はいいけど感じはすごおく悪い師匠とは正反対。


 師匠がアスラン大公にたのまれて黒屍くろかばねとの戦いに行っちゃったとき、バルタザルさんは「野郎、逃げやがったな」て舌打ちしてたけど、それはちがうとぼくは思っている。だって借金とりから逃げるだけなら、わざわざ軍になんて入らなくていいもの。


 だから、師匠にそこまでさせるアスラン大公て、いったいどんな人なんだろうってずっと気になってたんだけど、本人を見てなるほどと思った。うまく言えないけど、なんだかそばにいたくなっちゃう人なんだ。ここにいる間にぼくも仲良くなれたらいいな。



*氷月の十一日*


 昨日アスラン大公のことをほめたけど、今日はぼくちょっと怒ってる。明け方に二人そろってぐてんぐてんに酔っぱらって帰ってきたんだもの。おかげで後始末がすごく大変だったんだから。おまけに、どこかから古い剣なんて持って帰ってきちゃってさ。あれ、盗んできたんじゃないといいけど。二人はお互いにお互いが悪いって言いはってるけど、たぶんどっちもどっちなんだろうな。


 それにしても師匠ときたらひどいんだ。ぼくが介抱してあげてるのに「どうせならエストのやつがよかった」なんて言うんだもの。よっぽど頭におけおとしてやろうかと思ったよ。


 そりゃエステバンさんだったら二日酔いにきく薬をこしらえてくれるんだろうけどさ。でも、師匠は知らないんだ。まえにエステバンさんが「ハゲになる薬と不能になる薬、どっちがいいと思います?」てぼくにたずねたことを。あのときのエステバンさん、怖かったな……。



*氷月の十二日*


 サリムさんは帰ってこないし、師匠はまだ寝てるしで、やることもないから今日はずっとアスラン大公にくっついてた。

 アスラン大公は黒屍と戦うトラヴェニア軍の指揮官なんだ。部下の人にいろいろ指示をだしている大公は、きりっとしていてとても格好よかった。とても昨日死にそうな顔で桶をかかえていた人とは思えないくらいにね。


 アスラン大公はもとはトラヴェニアじゃなくて、アルスダインていう国の王子様だったんだって。だけど、お母上がトラヴェニアのお姫様だったせいでトラヴェニア皇帝の……ええと後継者争いに巻きこまれて、ほとんど無理やりトラヴェニアに連れてこられたんだそうだ。


 あのときは本当に大変だったと、大公はこぼしていた。本人にその気がないのに、まわりが勝手に大さわぎして、おまけに競争相手に暗殺されかけたというんだから、たしかにお気の毒な話だ。


 ところで、そのときアスラン大公の命を救ったのが、なにを隠そうわれらが師匠、と師匠が自慢してたから、大公に「本当ですか?」てきいたら、「逆だ、逆」て思いっきり顔をしかめられた。


 アスラン大公が言うには、なんと師匠がその暗殺者だったんだって。「あやうくあいつに殺されかけた」て大公はぼやいてたけど、それは何かのまちがいだよ。あの師匠がまじめに仕事するわけがないもの。依頼主からお金だけせしめて、ついでにアスラン大公からもいくらか巻きあげるつもりだったにちがいない。


 でも、これでやっと、おととしヘルゼンさんが家計簿をつけながら「汚い金でも金は金」て暗い顔でつぶやいてた理由がわかった。あの年の秋はよかったな。屋敷の雨もりは直せたし、食卓には毎晩ウズラの丸焼きとか煮リンゴのクリームがけなんかが並んでさ。


 その節はごちそうさまでした、てアスラン大公にお礼を言ったら変な顔をされた。あたりまえか。



*氷月の十三日*


 サリムさんは今日も帰ってこない。〈はての海〉で何かあったんじゃないかと心配だ。


 あの亡者をあやつっている〈まだらの手〉が〈涯の海〉から出てきたらしいとつきとめたのは師匠だ。だからサリムさんに調べに行かせたっていうけど、そんなに危なそうなところ、師匠が自分で行けばいいのに。それで早いとこぼくらにサリムさんを返してほしい。師匠がやらかしたあんなことやこんなこと、ぼくらだけじゃとても始末しきれないんだから。



*氷月の十四日*


 なんてこと思ってたら、今日サリムさんが帰ってきた。デイジーも一緒に。彼女、あいかわらずかわいい。


 帰ってきたサリムさんと師匠、それからアスラン大公はしばらく部屋に閉じこもっていたんだけど、出てきたと思ったら、今度は師匠がデイジーに乗ってどこかへ行っちゃった。サリムさんが言うには、〈まだらの手〉を退治しに行ったんだって。


 師匠を見送ったあとのアスラン大公がなんとなく元気がなさそうだったから、ぼくはつい「大丈夫です。師匠は殺しても死にませんから」て言っちゃった。そしたら大公はすごくやさしい顔をして、ぼくの頭をなでてくれた。


 うん、きっと師匠は大丈夫だ。〈まだらの手〉にやられるくらいなら、とっくにグリードさんにどうにかされちゃってるはずだもの。「あいつ、どうやったらくたばるんかね。おれけっこうがんばってんのに」てグリードさん、よく首をひねってるし。グリードさんを師匠のかわりに牢屋に入れといて大正解。師匠がいないと、グリードさん退屈してぼくらを襲いかねないからね。


 サリムさんは師匠の言いつけでアスラン大公のそばにのこることになった。ぼくものこる。だって、ひとりで帰ってくるなって兄弟子のみなさんに言われてきたんだもの。


 まだしばらくアスラン大公と一緒にいられると思うと、なんだかわくわくする。サリムさんをひとりじめできるのも嬉しい。誰がサリムさんを迎えに行くかを決めるクジに細工をしておいて本当によかった。屋敷で借金とりの相手をするなんてまっぴらだもんね。


 ああ、また雪がふってきた。どうりで寒いと思った。ちょっと早いけど今日はもう寝ちゃおう。明日は晴れますように。ついでに、師匠も早く帰ってきますように。


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