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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第四章
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第38話 一度怒ると後を引く

「おふたりで逃避行というわけですか」


 アレンとシグルトが戦線を離れると聞いて、オルランドは開口一番そう言った。


「……オルランド、もしかして機嫌悪い?」

「いいえ? 一戦終えて後始末に奔走して深夜勤務から帰ってきてようやく寝床に倒れこんだところをたたき起こされたわりには──」


 ひと息にそこまで言って、オルランドはじとりとした目でアレンを見た。


「──悪くない気分です」


 つまり最悪ということですね。


 暗い廊下で、二人は向き合っていた。カリス砦にもどったアレンは広間で雑魚寝していたオルランドを揺り起こして外に連れだし、これから魔術師とともにアングレーシアへ向かうと告げたところである。


「魔術師どのは」

「出かける準備してる」

「せめて夜明けまで待ったらどうです。あなただって眠る時間は必要でしょう」


 もっともな勧めだったが、アレンは首を横にふった。どうせ今夜は眠れそうにないのだ。


「一晩くらい寝なくても平気だし」

「そうやって若さにあぐらをかいていると、いつか痛い目にあいますよ」

「やけに実感こもってんな。経験談?」

「一般論です」


 オルランドはため息をついてとび色の髪をかきあげた。


「気が急いているのはわかりますが、せめて理由わけを聞かせてくれませんか。いったいアングレーシアに何があるというのです」


 それは先ほどアレンがシグルトに投げた問いと同じだった。


 ──おまえの、それ。


 シグルトはアレンの腕を指さして言った。それは帝都で出来たものではないと。


 ──それより前に、触られただろ。


 アングレーシアで、と。


 そのときアレンの頭に浮かんだのは、一人の老人の姿だった。荒野の館で、アレンの腕にすがった老賢者の──


「アレン?」


 オルランドの声で、アレンは物思いから覚めた。


「……わかんね」


 アレンがいくら尋ねても、シグルトはそれ以上何も語ってくれなかった。けわしいその横顔は、アレンの疑問と混乱のことごとくを無言のうちにはねつけていた。


「わかんねえから、確かめに行く」


 不確かなことは言いたくなかった。あの魔術師の弟子が災いの元凶らしいと、そう知れ渡ってしまうことが怖かった。ヴァレー伯の、この砦の者たちの魔術師に対する偏見が、とりかえしのつかないところまで深まってしまいそうで。


「……つまり」


 黙りこんだアレンに、オルランドは暗紫色の瞳を細めた。


「こういうことですか。詳しいことは話せないが、つべこべ言わずに貴重なドラゴンを一頭貸せと。ついでに、団長やヴァレー伯への説明も釈明もよろしく頼むと。さすが一国の王子殿下ともなりますと、おっしゃることが違いますねえ」


 ご機嫌うるわしい副師団長どのの毒舌はいつにもまして絶好調で、アレンは早々に白旗をあげた。


「あー……その、ごめんなさい」

「謝ればいいというものでもないのですが」


 これはあれだな、とアレンはかつての恋人たちから投げつけられた台詞を思い出していた。


 ──とりあえず謝っておけばいいって思ってるんでしょ! そんなんでごまかせると思ったら大間違いなんだから!


 あれと同じだ。謝れば謝るほど相手の怒りはいや増すという……でも、謝るのをやめるとそれはそれで責められるという……こうなるともうひたすら頭を低くし、嵐のごとき怒りが過ぎ去るのを待つしかないのだが──


「──いいでしょう」


 え、とアレンは顔をあげた。


「いいの?」

「わたしがだめだと言ったらやめますか?」


 言葉につまるアレンを前に、オルランドは暗がりの中でひっそりと笑った。


「非常のときです。いまは戦いの最中で、しかも相手は人外の者。通常のものさしでは計れないこともあるでしょう。われらとしては、魔術師どのに従うほかはありません」

「……やっぱり、まだ続くと思うか?」


 無論、とオルランドはうなずいた。


「今日の一戦で、あの亡者をすべて葬り去ることができたとはとても思えません。ナヴァールの山は広く、深い。敵がまだどこかに潜んでいる可能性は充分にあります」

「なら、おれたちもここに……」

「いいえ」


 ここに残るべきだろうかと口にしかけたアレンを、オルランドは首をふって制した。


「ここは魔術師どののお心のままに。そしてアレン、あなたはどうぞあの方とともに。その、腕のことだけでなく……」


 オルランドはアレンの左腕にちらと目をやる。


「誰かが同行したほうがいいのは確かですから。本来なら師団から何名かくべきなのでしょうが、あの方が了承しますまい。ですからアレン、むしろわたしからお願いします。どうかあの方の手綱をしっかり握っていてくださいね」

「……その言われようはすげえ不本意だけど、まあ、がんばってみる」

「よろしくお願いします」


 微笑んだあとで、オルランドは真顔にもどった。


「お気をつけて」


 さしだされた手を握ろうとしたアレンは、思い直してオルランドの肩に腕をまわした。伝えたいことがたくさんあるような気がしたが、口に出せたのはただ一言だった。


「──ありがとう」


 驚いたように身を強張らせたオルランドだったが、すぐに力を抜いてアレンの肩をかるくたたいてくれた。


「帰ったら曲芸飛行を教えてあげますからね」

「それは遠慮しとく」


 げんなりした顔で返すと、アレンは「じゃ」と短く告げて立ち去った。いまだ夜明けは遠い空を越え行くために。



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