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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第四章
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第37話 月の綺麗な夜だから

 漆黒の空を、二頭のドラゴンがゆったりと舞う。アレンの目には、その背にまたがる乗り手の姿までは見えなかったが、その飛び方には覚えがあった。


 祭りの晩にトラヴィスの住民を熱狂させた、優美で息の合った飛行。あれは第七師団の団長とその副官以外の何人にも真似できまい。


 アレンとシグルトが見上げる先、二頭のドラゴンの背からぱっと青白い光が舞った。


 光の正体はすぐにわかった。祭りの晩でドラゴンの身にはたかれていた夜光蛾の鱗粉だ。

 はかない光の粒は、いま無数の星となり、ちらちらとまたたきながら地上に降りそそぐ。


「……死んだひとの送り方ってさ、けっこういろいろなんだってな」


 つぶやくように、アレンは語りだした。かつて国境の街で、次兄とともに耳にした話を。


「遺体を土に埋めるだけじゃなくてさ、船に乗せて海に流したり、洞窟の中に寝かせたり、あと鳥に食わせたりするところなんかもあるんだって」


 それは蛮族の風習じゃないかと口走ったアレンを、フランシスはやんわりたしなめたものだ。

 おまえの目に見えるものだけが、この世界のすべてじゃないさ、と。


「それで、これはフランにい……兄貴の受け売りだけど、やり方はいろいろでも根っこの気持ちは同じなんだろうって。ちゃんと送ってやりたいっていう……」


 大切な人だから、大事に見送りたい。きちんと別れを告げたい。いままでありがとう。どうか安らかに、と。


 暗い山野に光が舞う。さやかに美しく、物悲しいようで、どこか温かい。さながら声なき鎮魂歌のごとき光は、きっと砦で待つ人々の目にもとどいていることだろう。死者への手向けの花にも似た、白い炎とともに。


 光をまき終えて去っていくドラゴンに手をふりながら、アレンは「だからさ」とシグルトを見た。


「あんたのやってくれたこと、間違ってないと思うぜ」


 この男にしかできないやり方で死者を送ってくれたことに、アレンはただ感謝を伝えた。


「ありがとな」


 悪くない。ふと、アレンは思った。


 いずれ自分が終わりを迎えるとしても、もがいて、あがいて、それでも力及ばず地に倒れ伏すときが来るとしても、こんなふうに送ってもらえるなら、そう悪くはない、と。


「……ガキが、えらそうに」


 シグルトはアレンから目をそらし、いまいましげにつぶやいた。


他人ひとのことを気にしてる場合かよ」

「それもそうなんだよなあ」


 アレンは苦い笑みをもらして左腕に目をおとし、あることに気づいてまばたきをした。


「……なあ、おっさん、なんか変だぜ」

「てめえの頭がか」

「あんたほどじゃねえよ。そうじゃなくて、ほら」


 アレンはシグルトに左腕をつきだした。


「これさ、あの夜も着てたんだけど、穴があいてないんだ」


 祭りの晩に、亡者に噛みつかれたはずの服の袖。だが、そこには小さな破れ目ひとつ見あたらなかった。


「あれって直接歯を立てられなくてもこうなっちまうもんなのか?」


 返事はなかった。


「おっさん?」

「……この」


 シグルトはやおら立ち上がるとアレンの背中を蹴飛ばした。


「馬鹿ガキが! なんでそれを早く言わねえんだよ!」

「ふざけんなクソジジイ!」


 アレンはすばやく身を起こし、シグルトの鳩尾に拳をたたきこんだ。にわかに勃発した殴り合いに、それまで「月が綺麗ですね、お嬢さん」「え、月出てます?」的なやりとりをしていたジークとデイジーが、心配そうにそれぞれの主を見る。


「……話はあとだ」


 腹をかばい、うめくように魔術師が停戦を申し入れた。


「さっさと行くぞ」

「はあ? 行くってどこに」


 シグルトはデイジーの背によじのぼり、短く告げた。


「アングレーシアだ」


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