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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第四章
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第36話 言いたいことは声に出して

 月のない晩だった。


 二頭のドラゴンは山野を見わたす崖の上に降り立った。ジークがさりげなくデイジーを風から庇うように翼を広げたのは、さすが第七師団随一、もとい唯一の紳士、とアレンは感心した。


「で? こっからどうすんだよ、おっさん。こんなに暗くちゃ、どこに何があるかわかんないだろ」


 当然の疑問を投げかけたアレンに目もくれず、シグルトは虚空に片方の拳をつきだした。口の中でぶつぶつと何事かを唱え、指を開く。


「わっ……」


 アレンは驚きの声をもらした。夜のとばりがおりた山野に、ぱっと白い光がともったのだ。十、二十、いやもっとか。闇にゆらめく冷たい白炎は、夜空にまたたく星にも似ていた。


 あの星々のもとに、今日逝った兵士たちが眠っているのだろう。厳粛な気持ちに打たれ、アレンは頭を垂れて犠牲者へ黙祷をささげた。

 アレンがふたたび顔をあげたとき、野の光は跡形もなく消えていた。


「……くそ」


 すぐ横でどさりと重い音がした。魔術師が地面に座りこみ、懐からパイプをとりだして口にくわえた。ただそれだけの仕草で、パイプの火口にぽっと紅い火がともる。


「……めんどくせえ」


 白い煙とともに悪態が吐きだされる。


「ちまちまやるのは性に合わんな。山ごと吹き飛ばしてやりゃあよかった」

「それ絶対どっかから訴えられるからやめとけ?」


 魔術師をたしなめつつ、アレンも腰をおろした。


「……あのさ」


 ためらいがちに、アレンは口を開いた。


「ヴァレー伯の言ったこと、あんまり気にしなくていいと思うぜ」


 邪教徒、と吐き捨てた老騎士の、憎しみに満ちた眼差しは、いまでもアレンの頭に強く焼きついている。


「オルランドから聞いたんだけど、このへんは昔から教会の力が強いところなんだってさ。それも教義がかなり厳格なやつ」


 そもそも、教会と魔術師、呪術師のたぐいは相性が悪い。唯一神を奉じる教会にとって、不可思議な術をあやつる魔術師たちは神の御業を否定する冒瀆者でしかないのだ。


「しかもあの爺さん、教会のお偉いさんも兼ねてるらしくてさ、悪い人じゃないけど、頭固っていうか、融通きかないっていうか……まあ、それ抜きにしても今日はいろいろ大変だったし、怪我もしてたし……だからって、なに言ってもいいわけじゃないけど、話せばわかる人だってアイーダも……」

「どうでもいい」


 冷ややかな声がアレンの言葉を断ち切る。


「何度も言わせるな。どうでもいいんだよ。誰が何を信じようが、信じまいが」

「……あんたさあ」


 立てたひざにあごをのせ、アレンはため息をついた。


「そういうの、よくないと思うぞ」

「──あ?」


 これ以上ないほど不機嫌な声が返ってきた。


「なに言ってんだ、てめえ」

「いや、なんつうか……」


 アレンは言いよどんで黒髪をかきまわした。


 信じなくてもかまわない。そう口にするときの魔術師の顔は、きまってこう語っているようにアレンには見えた。


 どうせ、何を言っても信じないのだろう、と。


 頭に「どうせ」がつく場合、往々にして本音はべつのところにあったりするものだ。本当は誰かに信じてもらいたい。そんな願いが透けて見える。


 信じてほしいなら、まずはちゃんと話せ。そうアレンは思う。

 言葉を尽くすことを、わかってもらう努力を放棄するな。本当にどうでもいいのなら、何も語らず口をつぐんでいろ。思わせぶりな言葉と態度で、まわりに気をまわさせるな。


 整理すると、つまりそういうことなのだが、そのまま告げるのもきつすぎるで、アレンはせいぜい言葉を選んでやわらかく伝え……ようとしてやめた。自分よりはるかに長く生きている中年男の心情をおもんぱかってやる義理などないことに、遅まきながら気づいたので。


「いい年したおっさんがねてんじゃねえよ。以上」

「ふざけんな」


 器用にも座ったまま脇腹を蹴飛ばしてきたシグルトを、アレンはぎろりとにらみつけた。


「この外套新品なんだけど」


 ドラゴン騎乗用にあつらえられた第七師団の深緑の外套は、トラヴィスを発った際オルランドにもらったものだ。自分の持ち物よりはるかに上質な生地でできたそれを、アレンは大喜びで受けとったのだが、あのときは少々はしゃぎすぎたと反省もしている。


 なんとなれば、こんないいもの着たことない! と感激するアレンに、オルランドは可哀想なものでも見るような目をして「予備です」と、もう一着をそっとさしだしてくれたので。そんなつもりで言ったんじゃなかったのに。ありがたくもらったけど。


「てめえみたいな乞食王子には襤褸ぼろのほうが似合いだろ」

「ほんとやなやつだな、あんた……」


 舌打ちしかけてアレンははっとした。数日前のオルランドと同じ目で魔術師を見る。


「……あんた、もらえなかったんだな。おれもう一着あるけど、よかったら……」

「いらん!」


 しっかりきっぱり己の思いを述べた魔術師の頭上を、巨大な影がさっと横切った。


 デイジーとジークが首をのばして小さく啼く。仲間の呼びかけに応えるように、黒々としたその影は夜空に綺麗な円を描いた。


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