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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第三章
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第29話 場所は選んだほうがいい

 廊下の角を曲がったところで、煙の匂いがオルランドの鼻をかすめた。


「探しましたよ、魔術師どの」


 嘘だった。魔術師の姿が見えないと聞いて、最初に頭に浮かんだのがこの場所だったので。


 壁にもたれてパイプの煙をくゆらせていたシグルトは、ちらとオルランドに目をやって、すぐに視線を前の壁にもどした。


「そろそろ出立の時刻です」


 出発は昼過ぎの予定だった。派兵の決定からわずか半日というせわしなさだったが、オルランドにいなはなかった。それこそ昨夜の睡眠時間を犠牲にした甲斐があるというものだ。


「どなたを、ご覧になっておいでです」


 返事はなかった。オルランドは魔術師の隣に立ち、壁を埋めつくす皇族たちの肖像画を眺めわたした。


 二日前、エリノアール姫の寝室へ向かう途中で魔術師が足を止めたあたりに範囲をしぼり、年代を考慮し、あとは勘をはたらかせて、オルランドはひとつの回答をはじきだす。


「アスラン大公」


 ひときわ小さく地味な額縁の中で、黒髪の青年が微笑んでいた。


「史家の間では幻の皇帝と呼ばれているお方ですね。救国の英雄と称えられながら、生涯権力とは無縁の方だったとか。もとはアルスダイン王家のお生まれであったことから晩年は……」

「お利口なこって」


 魔術師はふっと煙を吐いた。


「ここにあるやつ全部頭に入ってるってか」

「この方は特別ですよ。なにしろ、わが師団のもといをつくられた方ですから。帝国初のドラゴン使い……ご友人ですか」


 しばらく待ってもやはり返事はなかったので、オルランドは話題を変えた。


「アレンのことですが、あの腕のことは団員に公表しました」

「思いきったことしやがるな」

「団長のご判断です。わたしも賛成ですね。あとで露見してもめるより、最初からきちんと説明しておいたほうがいい。それに、どのみち伏せておくことなどできませんよ。ああも大勢の前でさらしたわけですから」

「あの馬鹿」


 魔術師は吐き捨てた。


「あんなところでぺらぺらしゃべりやがって。ちったあ場所を考えろってんだ」

「彼なりに筋を通したのではありませんか。同行を願いでる以上、隠し事はすまいという」

「たんに怖くて黙っていられなかっただけだろ」

「そうかもしれません。いずれにせよ、勇気のある方だ」


 不審げな視線をよこす魔術師に、オルランドは薄く笑ってみせる。


「言い違いではありません。彼はじつに勇敢だ。死病におかされている事実を受け入れ、なおかつ、それに立ち向かおうとしている。まあ、そのあたりは抜きにしても、人前で堂々と怖いと言ってしまえるあたりが、まず凄いですね。わたしにはとてもできない」

「だから馬鹿だって言ってんだよ」

「あなた、彼にはからいですね」

「そっちはまた、えらく気に入ってるようじゃないか」


 その問いに、オルランドはただ微笑だけを返した。


「……あなたに、ひとつお願いがありまして」


 出発前にこの魔術師と話す機会を得られたのは僥倖ぎょうこうだったと思いながら、オルランドはその願いを口にした。


「この先、彼の病がすすみ、命を落とすことになれば」


 死してのち亡者となり、第七師団に、オルランドの上官に害をなすようなことになれば、


「そのときは、あなたに()()をお願いしたいのです。昨夜の男のように」


 広場から回収したという灰の山を見せられたとき、オルランドは警備隊の隊員に問うた。本当にこれだけかと。これだけしか残っていないのか、と。


 焼死体なら見たことはある。ドラゴンの吐いた炎にまかれて骨まで黒焦げになった遺体を片付けたこともある。

 だが、あんなものを見せられたのは初めてだった。一片の肉はおろか、骨まで余さず焼き尽くされた、かつては人間ひとであったもの。


「てめえの手は汚したくないってか」

「わたしで彼に敵うならやりますけどね、たぶん無理です。あなたのほうが確実ですし、彼だってそれを望んでいると思いますよ」


 上官から聞いたところによれば、あの王子が手をあげたのは魔術師が同行を承諾した後だったという。だからか、とオルランドは納得した。だから彼は、あんなにも落ち着いていられるのかと。


 いざというときは、この魔術師が綺麗に焼き払ってくれる。痛みもなく、一瞬で。誰かを傷つけてしまう前に。それがわかったからこそ、あの王子は安心して手をあげられたのだろう。


「……どいつもこいつも」


 魔術師は苦々しげにパイプを噛んだ。


「好き勝手言いやがって。おれは百年前のけりをつけに行くだけだ。あのガキも、おまえらのことも知ったことか」

「そうですか」


 予想通りの反応に、オルランドはうなずいた。


「では、そろそろ行きますか。あまり遅くなると他の者が探しにきますので」

「くだらん話で足止めしていたのはそっちだろ」


 魔術師の文句を聞き流して歩きだしたオルランドだったが、二、三歩行ったところでふりむいた。


「大事なことを言い忘れておりましたが、魔術師どの」

「まだあんのかよ」


 大仰に顔をしかめた魔術師の手に握られているパイプを、オルランドは指さした。


「ここでそれは厳禁です」


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