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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第三章
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第26話 取調室で朝食を

「怪我人がでたと聞いておりましたが──」


 帝都警備隊の詰所を訪れた第七師団の副師団長は、部屋に入るなりあきれ声をあげた。


「あなた方のことだったのですか?」


 オルランドの前では、卓についた青年と中年がふくれっ面で朝食の皿をつついていた。うち一方の青年は耳にかるい火傷を、もう一方の中年は左頬に派手な青あざをこしらえている。


 案内役の隊員が一礼して退室すると、オルランドは椅子をひいて腰をおろした。


「誰にやられ……あ、やっぱり結構です」


 ほぼ同時に「こいつです」と互いを指さした二名――アレンとシグルトを、オルランドは手をあげて制した。


「それより、おふたりとも早く食べていただけますか。あまり時間がありませんので」


 せかしながらも食べ終えるまで待ってくれるとは案外やさしい、と思いつつアレンはとりあえず礼を述べた。


「来てくれてありがとな、オルランド」

「いえ、むしろ遅くなって申し訳ありませんでした。昨夜のうちにお迎えにあがりたかったのですが、こちらもいろいろありまして。おかげで不自由な思いをさせてしまったようですね」

「全然。寝床も食事も用意してもらったし」


 あっけらかんと答えるアレンの横で、シグルトがけっと吐き捨てた。


 昨夜、正体不明の暴漢をしりぞけたところまではよかったのだが、駆けつけた警備隊の隊員たちは、シグルトを見るなり「おまえか!」と縄をかけようとしたのだ。


 彼らを責めるのは酷というものだろう。えらそうに腕組みをする中年男、その足もとにうずくまる青年および泣きじゃくる美少女、という構図を見れば、シグルトを暴漢だと思いこんでしまうのも無理なからぬことなので。


 犯人扱いされたシグルトは当然のことながら激怒し、はた迷惑にも隊員たちに向けて炎を放った。炎は、とっさに彼らをかばったアレンの髪の一部を焦がし、今度は逆上したアレンが「せっかくのばしてたのに!」とシグルトにつかみかかり……あとは泥沼の闘争である。


 頭に血がのぼって歯止めがきかなくなった二人を、隊員たちが決死の覚悟で引き離してくれていなかったら、いまごろオルランドは「死者二名」の報に接していたかもしれない。


 さらに、エリノアール姫が「このわたしを誰だと思ってるの!」と余計な一言を発したおかげで、事態はいっそうややこしくなった。はじめ、エリノアール姫は堂々と身分を明かそうとしたのだが、それはまずかろうとアレンが姫君の口をふさいだことが、隊員たちの疑念をあおってしまったらしい。


 いつの間にかアレンとシグルトは「やんごとなき令嬢を誘拐した不届き者」の疑いをかけられ、何がなんだかわからないうちに警備隊の詰所に連行されてしまったのである。


 アレンが身元引受人として第七師団の副師団長の名を出したおかげで、どうにか牢獄送りはまぬがれたものの、取り調べは深夜におよび、アレンとシグルトは詰所で一夜を明かしたのだった。


 ちなみに、取り調べの最中「髪を気にするなんて女じゃあるまいし」とせせら笑ったシグルトに、アレンが「髪だって売れるんだよ! それも結構いい値で!」と叫び返したので、さしもの魔術師も絶句し、青灰の瞳に哀れみの色を浮かべたものである。


 がぜん同情的になってくれたのは隊員たちで、「ぼうず、苦労してるんだな」と夜食やら毛布やらを差し入れてくれたり、「隊に入れば食うには困らんぞ。よかったらおれが保証人になってやろうか」と親切に申し出てくれたりなんかした。


「……あなたはどこででも生きていけるのでしょうねえ」


 話を聞き終えたオルランドは、しみじみとした表情でそうつぶやいた。


「まあ、ご無事でなによりです。もっとひどい扱いをうけているのではと気をもんでおりましたので。なにしろ、こちらの隊長どのは話が通じないことで有名な方ですから」


 おそらく昨夜から一睡もしていないのだろう。オルランドの顔は不健康にくすみ、目の下には濃い隈が浮いていた。


「帝都で起こった事件は警備隊の管轄だと、かたくなに第七師団われらの介入を拒まれる始末でして」

「苦労かけたな」

「ああ、そちらは苦労というほどのことでもありませんでした。以前つかんだ隊長どのに関するちょっとした情報を披露してさしあげたら、とたんにものわかりがよくなってくださいましてね。おかげで内密にエリノアール様の身柄をひきとることができましたよ」


 どんな汚い手を使ったのかは知らないが、どうやらこの腹黒で有能な副師団長どのは、姫君の身分を伏せたまま事をおさめることに成功したらしい。


「エリーは大丈夫だった?」

「エリー?」


 怪訝そうな顔をしたオルランドだったが、すぐに「ああ」と微笑んだ。


「ずいぶん仲良くなったようですね」

「そんなんじゃないって。かなり興奮してたみたいだから、ちょっと気になっててさ。やっぱり怖かったんだろうな」

「そのあたりは心配ないでしょう。アイーダ様もついていらっしゃいますし。むしろ陛下のほうが重症ですね」

「あー……親父さん怒ってた?」


 愛娘を一晩連れまわした張本人であるアレンはおそるおそる訊ねた。


「打ちひしがれておいでです。まあ当然ですね。娘が家を抜けだして男と夜遊びをしていたわけですから」

「はん」


 先に食事を終えていたシグルトが鼻で笑った。


「娘なんてそんなもんだ。いずれは父親を捨てて、ほかの男のもとへ走るのさ」

「いつかその日がくるとわかっていても、いざそのときになると現実を受け入れられないのが男親というものですかね」


 こういうの、なんて言うんだっけ、と二人の会話を聞きながらアレンは考えこんだ。事実はそのとおりなのだが、誤解を招くようなこの言い方……


「──あれだ。語弊ごへいがある」

「いいから早く食べてください」


 はいすみません、とアレンは口にパンを押しこみ、ほどなく一行は警備隊の詰所をあとにした。強く生きろよ、ぼうず! という温かい声援に送られて。


 詰所の前で待っていた馬車に乗りこんだところで、オルランドは「さて」と口を開いた。


「皇城に着くまでに、昨夜あったことをお話ししておきましょう」


 それからオルランドが語ってくれた「昨夜のいろいろ」に、アレンはしばらく口もきけないほど驚いたのだった。


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