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眠れる塔の魔法使い  作者: いろは
第三章
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第23話 かくして祭りの夜は更ける

 窓を開けると、晩春のぬるい夜気とともに喧騒が流れこんできた。パイプに火をつけ、通りをひとつへだてた広場を眺めていると、背後でかたりと物音がした。


「あら、起きてたの」


 艶っぽい声とともに、水差しと杯をのせた盆を手にした娼妓が部屋に入ってきた。素肌にまとう緋の衣に豊かな黒髪がよく映える。


「おもてがうるさくて目が覚めちゃったかしら」

「いや……」


 女がさしだした杯の水を、ほとんどひと息で飲み干す。適当に選んだ女だったが、どうやら当たりだったと思いながら。起きぬけの客が一番欲しいものが何であるか、ちゃんと心得ている。


「えらくにぎわっているんだな」

「そりゃそうよ」


 女はわがことのように得意げな顔をした。


「第三皇女様のお誕生日祝いだけじゃなくて、快気祝いも兼ねているんだから。ずっと病気だか呪いだかで寝ついていたのが、やっと良くなったんですって」

「ずいぶん慕われてんじゃないか。そのお姫様とやらは」

「そういうわけじゃないのよ」


 女はちろりと赤い舌を出す。


「顔も知らないお姫様の誕生日とかね、本当は皆どうでもいいの。お城から振る舞われるお酒を飲んで騒げればそれでいいのよ。とくに今夜なんてすごいんだから。葡萄酒百樽の大盤振る舞いなんですって」

「豪勢だな。おまえもそっちに混ざってきたいんじゃないのか」

「ちっとも。あたしはお客さんとこうしてるほうが楽しいもの」


 女は甘えるように胸にしなだれかかってくる。それが娼妓の手管だと知ってはいたが、だからといって悪い気はしなかった。


「ねえ、お客さん、このへんのひとじゃないでしょ」

「わかるか」

「そりゃあね。着てるものとか言葉とか、ちょっとだけ違うし。髪も、このあたりじゃ見ない色よね。きれいな銀色」


 髪にからんでくる指を、逆につかまえてかるく唇をおしあてる。


「お客さん、お仕事は? 何してるひと?」

「魔術師だ」

「あら、素敵ねえ」


 女はころころと笑う。


「それで素敵な魔術師さんは、どうしてこの街に来たのかしら?」

「なりゆきと……」


 いったん言葉をきり、パイプをくわえる。吸いこんだ煙は、かすかに蜜の香りがした。


「……人探しだ」



 ***



 香子蘭バニラ水をすすり、干し無花果イチジクをかじりながら大道芸を見物したあとで、エリノアール姫はとある屋台の前で足をとめた。


「まだ食うのか?」

「なっ……」


 何気なく問うたアレンに、エリノアール姫はフードの下で目を吊りあげた。


「なによ、その言い方! あなた絶対もてないでしょ!」

「そっ……んなことはない……こともないかもしれない……」

「どっちよ!」


 自分でもわかりません。


 もしかして、これまでの失恋の原因は兄たちではなく自分のうちにあったのでは、という衝撃の可能性に思いをいたしているアレンをさげすむように一瞥いちべつして、エリノアール姫は屋台に並べられた小さな包みに関心をもどした。


「これ、食べ物なの?」

蜜飴みつあめだよ、お嬢ちゃん」


 店番の老婆が愛想よく応じる。


「へえ。飴か、これ」


 アレンも身をのりだして赤子の握りこぶし大の包みを眺めた。乾燥させた木の葉で物をくるむのはよく見かける手法だが、紐のかわりに野の花でしばってあるところがいきである。


「やっぱトラヴェニアってすげえなあ。うちの国じゃ蜜飴なんてめったにお目にかかれないぜ」

「おや、坊ちゃん旅のひとかい。えらいねえ、そんなに小さいのに」


 何がどうえらいのかよくわからないし──いや実際王子様だけど──あと小さいってもちろん年齢のほうですよね、おばあちゃん! など、言いたいことはいろいろあったが、老婆のしわくちゃの笑顔を前にすると何だか気が萎えてしまい、結局アレンは「あんがと、ばあちゃん」と返すにとどめた。げに老人は強し。


「坊ちゃんも一つどうだい」

「いや、おれもう甘いもんはいいや。な、エリーも、あっちで売ってる腸詰のほうがよくないか?」


 香ばしい匂いをただよわせる屋台を示したアレンだったが、エリノアール姫はその場を動こうとしなかった。しょうがねえな、とアレンは懐から小銭を一枚とりだして老婆にわたした。


「好きなのとれよ」


 うながしたが、エリノアール姫はなかなか手をのばそうとしない。アレンに遠慮しているわけではないだろう。これまでさんざんアレンを財布代わりにしてきたお姫様だ。いまさら飴の一つで何をためらっているんだかと、少女の視線の先を追ったアレンは、ははんと合点がいった。


 包みをしばる野の花は二色。清楚な白と可憐なピンクだ。おそらくこの姫君は、どちらがいいか決めあぐねているのだろう。それなら二つ欲しいと言ってしまえばいいところだが、先ほどアレンに大食いを揶揄やゆされた(と思いこんでいる)手前、それも言いだしづらいといったところか。


 そういえば寝室も白とピンクでまとめられていたっけと思い出しながら、アレンは小銭を追加して飴の包みをとりあげた。白を一つとピンクを一つ。


「ちょっと……」

「はい」


 白いほうをエリノアール姫にわたし、もう一つはその場で包みをむいて中身を口に放りこむ。


「あっま」


 そして固い。ばりばりと飴をかみくだきながら、アレンは無用になったピンクの花をエリノアール姫の外套のボタン穴にさした。


「……なによこれ」

「あれ、違った?」


 アレンが首をかしげたところで、ひゅうっと空が鳴いた。一拍おいて、ドンッと腹に響く音とともに夜空に純白の花が開く。どよめく群衆の中で、一人が夜空を指さした。


「ドラゴンだ!」


 続く歓声は、一発目の花火があがったときより大きかった。熱狂が見えないうねりとなって通りを駆け抜け、興奮に満ちたささやきがそこかしこで泡となってはじける。ドラゴン、第七師団……アイーダ皇女──!


 第七師団の曲芸飛行が始まろうとしていた。



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